「プロ意識とは(1)」

テーマ:

「プロ意識とは(1)」
 
 プロ...。なんとなくカッコイイ響きです。プロの音楽家。プロ野球選手。プロのダンサー。これらの職業のように、大勢の前で派手なパフォーマンスをしない職業、例えば会社の経理や不動産管理の仕事なども、プロの仕事に違いありません。

 「プロ意識を持つ」とは、「職業としている活動で最高のパフォーマンスを提供できることを人生の最優先目標とし、その実現のためには、その他の人生経験をある程度犠牲にするような禁欲的なライフスタイルを実践する意志と目的意識を持つこと」というようなことが隠喩されているように思うのですが、いかがでしょう?ちょっと昭和的すぎる解釈かもしれませんが…。

 このようなプロ意識のあり方は、本当に一流になるための究極的なプロ意識ではなく、その職業に必要な技術的な素養(職能)を身につける過程、つまり修業時代での心構えだと考えています。少年期に始まり、青年期、壮年期を経て老年期に至る長いスパンで何かを極めようとする場合には、少年期と青年期の修行時代を過ぎた段階で、いわゆる上記のプロ意識ではなく、別の次元の「プロ意識」を身につけることが必要だと考えます。

 ここではこの視点から「プロ意識」について考察を進めていきたいと思います。
 
 多くの時間を集中的に職能の訓練に向けると、どうしても他の活動に向ける時間とエネルギーを犠牲にすることになります。修行時代や職業人としてのキャリアの初期には、一定期間でしかるべきレベルの職能を獲得するために、ある程度排他的に職能訓練に打ち込むことは有効だと思います。しかし、あまりに長期間にわたってこのような排他的な職能との関わりを続けると、人生の全体においては「歪み」あるいは「アンバランスさ」が生じてきます。その歪みは、後に公私における人間関係の悪化や心身の健康問題などの形で、だんだんと具体的な問題として滲み出してきます。

 若い時にあらゆることを投げ打って無我夢中で何かに打ち込むことは、悪いことではありません。しかし、その時期にそのような排他的な方法で得られた成功体験に固執してしまうと、その後の人生でも専門分野以外での多様な経験を遠ざけ、年齢に応じた人間的成長を遂げるきっかけとなる貴重な経験を得られないままに、「狭い視野の専門バカ」として未熟な精神性を抱えたまま年齢ばかりを重ねることにもなりかねません。

 少年時代を振り返ってみると、大人は口先では「文武両道」とか「幅広い人生経験が大切」などと言いながら、結局は学校での成績が一番大切であるという本音が丸見えで、このダブルスタンダードを偽善的でいやらしく感じたことを思い出します。実際、スポーツ、音楽、勉強、生徒会など、いろんなことに手を出していると、しばしば年長者から「そんなにいろんなことに手を出したらいかん。一つのこ とに集中しないと結局何も身に付かず器用貧乏になるぞ。」と説教をされたこともあります。このように、いろんなことに広く関わることよりも、限定された分野の能力を一極集中的に高めることに価値を置く風潮には、子供のころから疑問を感じていました。

 何かを真剣に追求する気質は、職人気質(かたぎ)と呼ばれ、「頑固で無口で無愛想で対人能力は著しく低く、かなり変人であるけれども、自分の職能に誇りを持ち、仕事は限りなく完璧にこなす」という、どことなくアンバランスな人物像が暗喩されます。また、クリエイティブな芸術家というと、「奇人変人で、芸術以外の分野では世間知らずで役立たず」というようなイメージを伴っています。

 このような職人像や芸術家像が、「職能追求のためには、その他の部分の人生経験を犠牲にすること」を過度に美徳化し、「犠牲が大きければ大きいほど一流になれる可能性が大きくなれる」という短絡的な考え方を奨励することにつながっていると思います。

 しかし、レオナルド・ダ・ビンチ、ベンジャミン・フランクリン、ヨハン・ゲーテ、エイブラハム・リンカーン、マルクス・アウレリウス、日本の多くの武将や幕末の偉人など、専門分野で秀でた功績を残した人物の多くは、知力、体力、感受性、人間性をバランス良く発達させることに成功したルネッサンス的な万能人です。本来、このような人物像を目指すことこそが人間として望ましいことのように感じるのですが、大人は子供に対して「彼らは例外的な天才だから、真似しちゃいかん。お前のような凡人は、多くのことに手を出さず、一つのことに集中しなきゃいかん。」というような負の刷り込みをしてしまいます。そんな刷り込みをされたら、天才レオナルド・ダ・ビンチ少年ですら、凡人に育ってしまっていたかもしれません。

 本来、人間には、味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の五感が備わっていますから、それらで知覚される印象にバランス良く触れて、それらの機能をバランス良く発達させることは、人間の成長と発展のごく自然な方向性だと思います。また、人間には、動作機能、本能的生体維持機能、感情機能、思考機能という、異なる役割を持った機能が備わっていますから、それらの機能にまんべんなく仕事を振り分け、その能力をバランスよく発揮させるような活動に従事することが、より自然な生のありかただと思われます。

 しかし、近現代では、社会的な役割の分業化が高度に進み、さまざまな機能のごく一部のみを酷使するような業務が多くなってきています。そのため、運動機能、思考機能、感情機能、五感の感覚機能をすべてをまんべんなく必要とするような仕事はむしろ稀になっています。職業でさほど必要とされない機能が、その他の日常生活の活動の中で十分に使われるのであれば、全体としてのバランスが成り立つのですが、衣食住に関する日常生活の多くの作業は自らでは行わず、専門家のサービスや便利な機械に委ねる割合が大きくなっていますから、普通に日常生活を送るだけではバランスのとれた機能の発達を維持することは困難だと考えられます。そのような状況で、排他的に職業に時間とエネルギーを集中させる修行時代を余りにも長く続けるならば、人間の自然なあり方からの乖離が進み、バランスを失い、生きることの幸せや充実感を感じないまま中年となり、いわゆる「ミッドライフ・クライシス」で心身の病におちいってしまうことになるのではないでしょうか。

 修業時代を過ぎたら、時間とエネルギーを職能に集中させるプロ意識を脱し、「人間としての能力をバランス良く発達させることで、その能力の一つの表れである職能も自ずと磨かれる」という原理に基づくプロ意識を持つことが大切だと思います。そのためには、時間とエネルギーを向ける対象を、職能から人生全体へとスケールアップし、生が与えてくれる様々な経験に優劣をつけず、むしろ与えられた経験を無邪気に楽しむようなゆとりを持つことが必要だと考えていま す。

 あまりに長い期間、禁欲的なプロ意識を貫いて頑張っていると、無邪気に楽しむことに抵抗感、罪悪感、あるいは恐怖感までもが感じられるようなります。そうなると、禁欲を続ける方が楽で、あえて禁欲しないでいろんなことを楽しむことに意識と意志力が要求されるようになります。つまり、この段階において は、楽しみから遠ざかることよりも、無邪気に楽しむことの方が精神的には厳しい修行になります。

 あえていろんな人生経験を楽しみつつ、それに耽溺しない距離を保つためには、強い意志力と賢さが必要ですから、様々な経験を楽しみながらも職能を極めることにおいて妥協しないことは、案外と難しいことです。また、職能に直接関わらない経験を通じて職能を向上させることを可能にするためには、一芸を多芸に通じさせる普遍的な原理を理解することも必要で、職能への取り組みも表面的で外面的なものから、内面的で本質的なものへと深めて行かなくてはなりません。

 もし、職能の追求が多様な人生経験を制約し続けているのであるならば、自分のプロ意識を見直すべき時期に来ているのかもしれません。自ら選んだ愛すべき職能が、せっかくの人生を食いつぶしてしまわないように、しかるべき時期にプロ意識を更新することが大切だと考えています。

犬 VS 猫

テーマ:

犬VS猫

 

 犬と猫。どちらもペットとして最もなじみ深い動物ですが、全く異なる動物ですね。犬7頭と猫7匹と暮らしていると、いろいろと面白い発見があります。

 

「犬と猫はどちらが強いのか?」

 犬の武器は、もっぱら口による噛みつき攻撃です。これに対し、猫は鋭い牙の他に手足に鋭い爪があり、両手両足+口による攻撃が可能です。また、犬はほとんど寝技はできないのですが、猫は寝技が非常に達者です。犬は木に登れませんが、猫は木に登って逃げたり、木の上で待ち伏せて相手の背中に飛びかかって後ろから首をガブリとやることもできます。ここまで見ると、一対一の戦いでは猫の方が圧倒的に有利という感じがしますが、闘争意欲では、犬のほうが勝っているように感じます。猫は計算高いので、自分が怪我をしてまで互角の相手と戦うということは滅多にしないのですが、犬は傷だらけになりながらでも必死に戦い続けます。

 おそらく、同じサイズの犬と猫が一対一で戦ったら猫の方が有利で、狼とピューマの一騎打ちなら、おそらくピューマに軍配が上がりますが、狼は巧みな集団行動で戦いますから、集団での戦いでは、狼の方が有利でしょう。

 

「家族意識」

 犬たちは「家族の一員としてここに住んでいる」という意識がはっきりとありますが、猫たちは「まあまあ住み心地も悪くないので、今はここにいてやってる」という意識です。犬は群れで生きる動物なので、人間に対しても身内という意識が強いのですが、猫はなんの稼ぎもなく親の世話になっているのに、親をウゼ〜と思いながら家で大きな顔をしているぐうたら娘みたいな感じで、かなり薄情ですね。世話してもらえるのが当たり前で、世話が足りないと文句を言う…そんな感じです。

 

「愛情表現」

 犬は撫でて欲しい時や遊んで欲しい時に「どうか、どうか、どうかお願いします。ね、ね、ね、お願いしますよ。お願い!お願い〜!」という感じで意志を示すのに対し、猫は「今だったらあなたのお相手をしてあげても構わないけど、どうする?ど〜すんの?今を逃すと次はいつチャンスがあるかわからないわよ。さあ、ど〜するの?」という感じで、かなり高飛車ですね。

 猫はその時の気分で可愛らしく振舞ったりツンケンと振舞ったりと、感情に波があるのに対し、犬はこちらを喜ばすことに喜びを感じながら愛情を表現します。この違いが犬派と猫派を分ける最大の要因ではないかと思います。気まぐれでなかなか口説き落とせない花魁と、主君に忠実な侍…。ま、どちらもそれなりにいいですけどね。

 

「感謝の表現」

 犬は美味しいものを与えても、一口でパクリ、ごっくん。「コラ、いいもの食わせてんだからきちんと味わえよ」と言いたくなりますが、猫は結構時間をかけてゆっくり食べてくれますね。ただ、味わってない犬の方はとても嬉しそうに感謝を表現するのに対し、ちゃんと味わった猫は「もうないの?」と文句を言いたげな感じをかもしだしていて、かなり無礼です。

 

「清潔感」

 犬は、基本小汚くて臭いです。ただ、水浴びをすることに抵抗がないので、雨に濡れたり池や湖に飛び込んで泳いでいるうちになんとなくキレイになったりします。しかし、本当にキレイに保ちたいなら、やはり定期的に洗ってやることが必要になります。

 その一方で、猫は水にドブンと浸かってしまうことを極度に嫌がりますが、いつも小綺麗で臭いもほとんどありません。ただ、いつも自身をナメナメして綺麗にしているので、飲み込んでしまう毛を定期的に塊にして吐き出す必要があります。その時には、飼い主がゲロの後始末をしてやらなくてはなりません。

 

「反省」

 犬は不始末をして叱られると、しょぼんとして反省の色を示し、何度か叱られているうちに同じ過ちは犯さなくます。一方、猫は叱られた時には不満げに従うものの、反省の色は全くなく、心のそこでは「ウゼー」と叫んでいるのが聞こえます。そして飼い主の目が届かないところでは、必ず同じことをやっています。

 

 みなさんは猫派、それとも犬派?

 

なぜ、現代に大作曲家が排出されないのか?

 

 現代では、音楽教育においてメソッドやカリキュラムが確立され、教育機関と指導者も質量ともに充実し、子供向けの音楽教室から大学レベルの専門機関まで、様々なニーズに対応できる教育の仕組みが整い、性能の良い楽器も手の届く金額で普及し、特に裕福な家庭でなくても子供に正規の音楽教育を受けさせることは可能になっています。

 

 その結果、正規の音楽教育を受け音楽で生計を立てている音楽家の数は、大作曲家が多く排出されたバロック時代から印象派までの時代と比較すると、何十倍、あるいは何百倍という規模で爆発的に増加していると考えられます。このように、音楽人口は爆発的増加を遂げたにもかかわらず、現代においては、過去の作品をしのぐほどの作品が何百倍ものスピードで作り出されているわけではありません。なぜ、毎年のようにベートーベンの第九のようなレベルの交響曲が新作として何百曲と発表されるような状況にならないのか?むしろその逆で、過去の名作と肩を並べるほどの普遍的な美と感動を喚起する現代作品がほとんど見当たらないのは、なぜなのか?

 

 その原因の一つには、現代社会では音楽が溢れすぎているため、音楽が当たり前の印象として表面的にしか認知されなくなり、音楽に心の底から感動するという体験をすることが難しくなったということが考えられます。音楽家が音楽への深い感動体験を十分に積んでいないとしたら、感動を産みだす音楽の神秘に深く惹きつけられることもなく、そのような感動を目指した創作活動に時間とエネルギーを注ぐこともありません。つまり、音楽の作り手が「真の感動の創出」という目的意識ではなく、もっと当たり前の面白さ、心地よさ、綺麗さ、商品的価値などを意図して創作しているのではないかと考えられます。

 

 また一般的に普及している音楽教育のあり方と、音楽の専門分野が単一の楽器の演奏、作編曲、即興演奏に分業されている現代の音楽業界の現状も、現代の音楽家の創造性を抑制している原因であると考えています。

 

 現在の音楽教育は、楽譜に書かれてある音楽を演奏する能力に偏重しており、演奏のスキルと作編曲(や即興演奏)のスキルは異なる分野として専門化し、音楽家の仕事も、演奏家、作編曲家、即興演奏家とそれぞれに細分化されています。そのため、演奏、作編曲、即興演奏の能力を等しく高度なレベルで身につけようとする努力は、職業上の実益には結びつきにくいため、わざわざ全ての能力をマスターしようとする音楽家の数は、むしろ昔に比べて非常に少なくなってしまっていると考えられます。

 

 このような傾向は音楽に限らず、科学、産業、医療など様々な分野においても見られます。例えば、医療においても専門化が進み、一名のドクターが様々な疾患を診るのではなく、特定の体の部位や疾病を専門とする医師がチームとなって総合的な医療を組織的に提供することが普通となっています。また、アメリカ西部のファームにおいても、「大草原の小さな家」の時代のように、鍛冶屋から大工、百姓、精肉、獣医まで、一通りの仕事を全て自分でこなすということは少なくなり、お金を使って様々な業種の専門家を雇ってファームをチームで運営するのが普通になっています。

 

 このような分業化が進み、個人の職能はマルチタスクからシングルタスクへと方向転換することで、狭い分野を深掘りする多様な専門家が生まれ、一点集中の効率の良い職能教育が可能になり、社会生産性は効率化しました。しかし一方で、物事の全体像を俯瞰できる大きなビジョンと統合能力を育成することは難しくなり、自己完結的に個人の生存に必要なことを一通りこなせる「鶏口」的な人材はどんどん少なくなり、大きな組織の一部としての機能を果たすことに専門化した「牛後」的な人材ばかりが肥大するアンバランスが社会で生じてきます。

 

 音楽においても、効率よくそれぞれの楽器の専門的な演奏者を育成し、過去から現在まで譜面化された様々な音楽を実際に演奏するための高度な職業演奏家を大量に育成することに成功しています。しかし、その一方で、自ら音楽を作曲したり、即興演奏によって新しい音楽を生み出すことのできる音楽家の割合は激減し、その代わりに、ある特定の楽器のために過去に書かれた曲であればどんな難曲でも演奏できる音楽家の割合は大きくなっています。

 

 ここ数百年の間に音楽のスタイルや創作目的は激変し、さらに近現代になって音楽が個人の表現手段として無数のスタイルに派生したために、それらが同じルールに従った表記法によって楽譜化できるという共通点以外に、ほとんどいかなる共通点もないような音を用いた表現のすべてが、十把一からげに「音楽」と呼ばれるようになりました。現代のプロの演奏家は、そのような多種多様な音による表現物(それらをひっくるめて音楽と呼んでいますが…)のすべてを、時代やスタイル、音楽の書かれた目的に関わず演奏できなくてはなりません。実際にクラシック・ハーピストとして生計を立てていた経験から、これは非常に過酷なタスクだと痛感しています。楽譜を素早く正確に読み、そこに含まれている美を汲み取って、忠実に音として表現する能力を学ぶためには、膨大な時間と労力がつぎ込まれる必要がありますから、演奏の専門家が作曲や即興を学び実践するために割くことのできる時間とエネルギーは、ほとんどゼロになってしまいます。

 

 クラシックを演奏する時には、楽譜に書かれてある音を楽器の上で正確に把握し、自分の出している音を感覚的にも感情的にも納得しながら演奏することにほぼすべての注意力が使われますから、即興演奏や作曲をしている時のように、和声の流れやそこで使われている音の音楽的な必然性などを知性でも納得しながら演奏をすすめることは、非常に困難です。むしろ、そのような知性的なアプローチはほとんど必要なく、場合によっては知性が感情や動作機能の微細な働きの邪魔になる場合すらあります。

 

 ハーピストとしてのキャリアの最初の7年は、ほとんど作曲家、即興演奏家としての脳力を使わずに、クラシックハープの演奏のみに専念しました。その結果、それなりの時間とエネルギーをかければ、ハープのために書かれている楽曲であれば、プロとして要求されているレベルで演奏することができる技術を身につけることができました。また、自分の好みとは関係なく仕事で要求される様々な様式の音楽を演奏することで、これまで気づかなかった音楽美、これまで同意できなかった美のあり方への理解なども深まり、音楽家としての幅も広がりました。しかし、「感動を生み出す素晴らしい楽曲を創作した作曲家が、どのようにしてそのような音楽美にたどり着いたのか?」という、音楽創造に関わるより根本的な理解のための努力と、それを自分でも行えるようになるためのトレーニングは、全くなおざりになっていることに気づきました。つまり、完璧に暗譜して演奏できる楽曲が数時間分頭に入っているのに、それらの構造を模倣して同じレベルの作曲や即興をすることができないことに、ショックを覚えたのです。

 

 喩えて言うと、英語の台本を、書かれてあることをほぼ完璧な発音と抑揚で詠めるようになり、舞台でも演じられるようになったけれども、書かれてある言葉の意味はよく分かってないし、ましてや、どうやったらそのような台本を書くことができるのかということに関しては、ほとんど何も知っていないことがはっきりと認識されたのです。

 

 そして、そのことがとても情けなく感じられ、そのような自分は「音楽家」でも「芸術家」でもなく、せいぜい「楽器演奏者」にすぎないと認識しました。楽器を完璧に操作して、書かれてある楽曲を申し分のない出来栄えで演奏できることは、それだけでも非常に価値ある能力ですが、それは音楽をゼロから作ることとは全く違うことです。意味も分からず言葉を読み上げられるだけの役者としての能力と、内容的にも言葉の並びの上でも美しく感動を生み出せる台本を書ける能力は、別次元の能力であるのと同じことです。

 

 あるピアニストが、ショパンの楽曲をどれほど完璧に、感動的に演奏できたとしても、そのことをもって「自分は音楽家としてショパンよりも優れている」などと思うことはないでしょう。もしかしたら、ショパン本人ですら、現代の一流ピアニストほど完璧には自分の曲を弾くことはできなかったかもしれません。しかし、ショパンはその曲をゼロから作曲したのです。優れた即興演奏家としての彼は、もしかしたらそのレベルの音楽を、即興演奏で生み出すことができていたのかもしれないのです。

 

 自らを「音楽家」と自負するからには、やはり演奏能力だけでなく、音楽をゼロから産み出せる能力を身につけたいものです。

 

 「二兎を追うもの一途を得ず。演奏も作曲も即興演奏もすべてできるなんて、凡人には無理で、そりゃショパンが天才だったからだ!」いや、それは違います。優れた音楽の美しさを理解し表現できる演奏者であれば、ある程度の訓練によって、必ず即興や作曲の能力を(たとえショパンのレベルに達することはできないとしても…)身につけることができます。ショパンの生きた時代には、それなりのレベルで作曲や即興をできる演奏家が数多くいたという土壌があったからこそ、その中からいわゆる少数の天才と呼ばれる音楽家が傑出することができたと思えるのです。 

 

 楽器演奏能力、作曲能力、即興能力の3拍子が揃って、ようやく完全な「音楽家」としての素養を修養したことになるのであって、この3つの能力をバランス良く発達させることにより、相互作用的に音楽家としての精神性、身体能力、美的感覚、創作意欲などが向上すると思っています。その上で、実際には、作曲、即興、演奏のうち、最も得意なものを専門的に極めるというところに落ち着くことになるのでしょう。仮に、楽譜から演奏するということを専門とすることを目指した場合、その過程で作曲も即興も身につけられる教育システムがきれば、演奏家としての挫折しそうになっても、作編曲や即興演奏の方向で音楽を続けるも広がるでしょうし、その逆も然りです。

 

 楽器と教育が普及している現代においては、演奏、作編曲、即興演奏の各能力のバランスのとれた音楽家を多数育成することで、音楽家の平均的創造能力を過去の黄金期を超えるところまで持ち上げることも不可能ではないと考えています。

不惑の四十代と『恐怖』という動機とのつきあい

 

 日本では、業界で仕事を出来ないようにすることを「干す」と言い、業界の仁義を欠くと「そんなことしてたら干されるぞ」というような言い方で戒められます。この種の表現は、音楽や芸能の世界で使われることが多いようですが、それ以外の業界でも慣用されているのではないかと思います。

 

 日本の社会に「干す」「干される」というような物言い存在している背景には、実際に「干される」ことの恐怖が社会での個人の言動を制限していて、社会での様々な活動の多くが「恐怖」という動機によって動かされていることを物語っているように思えます。

 

 自らの半生を振り返ってみると、確かに、様々な物事に取り組む動機のほとんどに「恐怖」がある程度の割合で混入していたことに気づきます。

 

 昭和46〜47年生まれという世代は、「人類みな平等」「人種や性別、職業は人間の価値に影響しない」という社会の立て前とは裏腹に、「結局は学歴と職歴と収入が人間の価値の大半を決める」という大人の本音を感じながら青少年時代を過ごしました。

 

 大学に現役入学できない学生に「浪人」とやや侮蔑した呼称を与えることにも現れていますが、昭和末期の日本では「〜歳までに〜になっていなくてはならない」という社会的なプレッシャーが大きく、中学生になるころには「20代後半で定職がないというような状態になってしまったら、もはや社会の落伍者としてその後の成功の見込みは無く、その後の人生は惨めに生きるしかない」というようなイメージを知らず知らずのうちに植え付けられ、それを本気で信じていました。今となって思えば、くだらないレッテル貼りですが..。

 

 小学校低学年から塾に通い、一生懸命勉強して全国有数の私立進学校への受験を勝ち抜き、志望した一流大学に現役で合格することができたのは、人一倍勉強が好きだったからでも、志望した大学で行われている教育に特に興味があったからというわけではなく、受験競争で勝ち残れないことで将来身に降り掛かると聞かされていた様々な「大人になってからの不都合」への恐怖心が人一倍強かったからだと思います。その不都合とは、両親が悲しむ、良い会社に就職できない、高収入の仕事に就けない、お嫁さんが見つからない、一生借家暮らしで家も買えない、老後ゆったりと生活できる蓄えもなく惨めに死ぬことになる、といったようなことです。

 

 幼い子供のころは「そんなこと、どーでもええやん」と思えることばかりでしたが、思春期になると、キレイなお嫁さんをもらうメリット、かっこいい住宅に住み、かっちょいい車に乗るのにはかなり莫大なお金がかかること、みんなが注目するような服や腕時計などは値段が高いこと、医者や弁護士、政治家などの職業に就いていると自動的に「すごい」と思われ「先生」と呼ばれること、一流大学の名前が、水戸黄門の印籠のように社会で影響力をもつことなどに気づき始めました。

 

 社会的ステータスや稼げるお金の量が人生における幸せや満足感を全面的に保障するものではないことは、少し冷静に考えれば明らかな真理ですが、大人になるに従って、それらが実生活の面で無視できないほどに有利に作用することも分かってきました。大学受験〜大学生活を通じて少しずつ社会との関わりが広がる中で、「社会的ステータスや収入をしっかりと考慮しつつ人生の選択をすることが、責任ある大人になるということである」というような考え方と、ステータスとお金の量が人生における成功の決定的な要因であると考えてしまう癖が身につき、そのうちに、ステータスとお金の追求が純粋な幸せ感や充足感の追求よりも優先されるようになってしまいました。

 

 そうなると、社会的なステータスの向上や、お金を稼げる能力の向上と直接関係のない活動を「無駄なこと」と侮蔑し、日常的な何気ない経験で深い幸せを感じる自分がなんとなく恥ずかしく感じられ、「こんな小市民的なことで充足感を感じていてるのは、自分の器が小さい証拠だ。小さな喜びに満足せず、常に不足を感じて向上を続けることが大切なんだ」というようなことを言い聞かせて、自ら幸せを遠ざけるようになってしました。

 

 そうこうしているうちに、純粋に正義感や真理への憧憬をにつき動かされて損得抜きに物事に打ち込めることに心の底では憧れを抱きながらも、表面的にはそういう生き方を「子供じみた幼稚なもの、非現実的なもの」と半ば蔑み、自分とは無縁のものと思うようになりました。

 

 志望大学に合格した時点で、「一流大学に入らなければならない!」というプレッシャーに由来する恐怖からは解放されたものの、合格の喜びが覚めやると、すぐに大学生としてやらなければならないことへのプレッシャーに由来する恐怖に満たされ、なんとも言い難い絶望感と空虚感を感じました。実は、恐怖を動機に物事に取り組んだ場合、成功の末に得られるものは「恐怖感がやや軽減する」ということ、言うなればマイナスの値が小さくなるだけで、恐怖がゼロになることも、本当の幸せ感がプラスの方向に増えることはないのです。

 

 両親、親類、学校の先生達など、周囲の大人達から刷り込まれてきた価値観によると、一流大学に入ることは『かなりものすごいイベント』のはずであったにもかかわらず、それほどの大きな喜びが感じられなかったことに、正直戸惑いを感じました。「今後の人生で、一生懸命に努力をして社会的に凄いと言われていることを達成し続けたとしても、これと同じような空虚感を繰り返し感じるだけだとしたら、これから先もそれに向かって努力を続けることに一体何の意味があるんだろう」と考えて、うすら恐ろしくさえ感じました。しかし、高校卒業をしたばかりの少年には、このなんとも言えない空虚感に正面から向かい合うことは難しく、結局、この感覚から逃避するために「これが現実だ。何かもっと凄い満足感を期待した自分が子供だっただけだ。これからは、人生こういうものだと割り切らないといけない。」と自分を納得させ、「志望校に入れただけでも凄いことだ。周囲の大人も凄いと言ってくれるし、オレは何かを成し遂げたに違いない」と、無理にでも幸せを感じようと自分に言い聞かせたことを覚えています。

 

 大学在学中は、学問に熱心だったとは申せませんが、ジャズギターの演奏や作曲には一生懸命取り組みました。しかし、その分野でさえ、外的に何かを達成して肩書きや役割、実績を手にしたつもりでも、内側を見ればそこには旧態然としたくだらない自分があるだけで、どれだけ一生懸命外的な結果を追い求めても底の抜けた桶に水を注いでいるような虚しさを感じていました。そんな風に、何をすれば良いのか、どう生きることが正しいのか全く分からない状態で数年間を過ごし、結局2回生で2回も留年しました。大学の教養学部には最大4年しかいられない規則になっていたので、結局のところ進学しないと放校になるという「恐怖の動機」に後押しされて、専門過程に進学できる程度には勉強し、医学部保健学科に進学しました。

 

 進学後は、いつまでも大学でウダウダしていることは社会的に許されないだろう、という恐怖の助けもあり、看護師と保健師の免許を取得して卒業しました。もちろん、恐怖のみに駆り立てられて行動したわけではなく、保健の分野に興味と情熱はもっておりましたが、常にどこかで恐怖による動機付けが働いていたことは否めません。

 

 こうやって受験期、大学時代を終えて大人になってからも、社会でのステイタス、収入、周囲の評判などにおいて低い水準に落ちてしまうことへの恐怖が、常に物事に取り組む動機の一部として働いてきました。

 

 音楽という、自分が好きでやっている分野で本格的に活動を始めてからも、恐怖による動機付けは続きました。

 

 ハープを始めるにあたって、それまで本気で取り組んだことのなかったクラシック音楽の演奏を学ぶことを決意しましたが、純粋な音楽的興味だけではなく、ハープ演奏を仕事とする場合、まずクラシックの演奏を習得していないとまともな音楽家と認められないのではないかという心配と、クラシックを出来ればなんとか食って行けるのではないかという打算も混じり合った動機につき動かされていました。ハーピストとして認められないことへの心配は恐怖の一種ですし、「食うための打算」にも、「食えないことへの恐怖」がその根源にあるので、ここでもやはり恐怖が動機の一部として働いていたと言えます。

 

 このように、いろんな活動の動機に恐怖を使ってしまう傾向を断ち切るには、恐怖の混入した動機で一生懸命努力をして手に入れた物を、一つずつ手放すことが必要でした。

 

 大学卒業までに得た学歴と資格のお陰で食い扶持を見つけることが比較的容易な日本を離れること、それなりに上手に演奏することが出来たジャズ・ギターを辞めること、プロとして暮らしを立てることができるクラシック・ハープ奏者としての活動を辞めることなど、それまで恐怖の混入した動機で努力をして手に入れたものを手放すことで、40歳を過ぎてようやく恐怖が混入しない動機で物事に向かえるようになってきました。

 

 「四十にして惑わず」とは、自分にとって、恐怖という動機との決別により迷いが少なくなることであったように感じます。

 

 しかし、四十七歳になる現在でも、様々な活動の動機に恐怖が忍び込んできます。恐怖の引き金になる事象は外にあっても、ほとんど場合、その根本原因は外ではなく内に存在するのですが、その内なる世界においてすら、自らを恐怖への隷属から解き放つのは本当に難しいと感じます。つい、外にあるものを変えることを優先させてしまい、考え方、感じ方、外界への反応のパターンなど、自らの努力で今すぐにでも変えるための努力を始められる内的なものを後回しにしてしまう…。全て自らのコントロール下にある内的な世界を変化させることのほうが、外の世界を変えることよりもはるかに難しいのは、なんとも皮肉なものです。

 

 もうアラフィフ。五十歳になるまでには、恐怖を卒業していたいものです。

 

雨水と枯葉止めのダム

 

 この土地に移り住んで2年。山間部では、地形によって日当たりや風、雨水の流れなどの条件が大きく左右されるため、無数のMicroclimate、つまり狭い地域の中でも様々な微少な気候の違いが生じます。その傾向を把握するのには、1年を通じて観察をするしかなく、2年かかってようやくざっくりとした傾向が分かってきました。

 

 この土地の一番大きな特徴は、土地の高低差が最大100メートルもある点です。つまり、どこもかしこも斜面だらけ。険しい傾斜地では、低地と高地の気温差が大きいため、ブルーベリーなど氷点下の気候が必要な寒冷地作物から、霜を嫌うレモンやオレンジなどの柑橘類まで、幅広い品種の栽培が可能であるという利点がある一方で、雨水が地面に浸透することなく表面を滑って低地に流れてしまうため、安定した表土の堆積と水の確保は難しいのです。日本の段々畑や棚田などはこの困難さに立ち向かう工夫で、ここでも斜面で水を確保する知恵が必要になります

 

 以前参加したファーム・コンベンションで、ウォーターマネージメントの専門家の先生が、「水滴の気持ちになって考えろ」とおっしゃっていたのを思い出しつつ、最初の1年間、雨水が流れ込む斜面の林を観察してみたところ、倒木や石がある場所には落ち葉や枯れ枝が溜まって、そこが自然のダムになり水分が溜まり、時間が経つとテラス状の地形になって草が生えやすくなるということがわかりました。

 

 

 

 それなら、倒木や枝、葉っぱを使って人為的にダムを作ってしまえば良いのではないかと考え、昨年より実験を開始。かなり効果があることがわかったので、今年は本格的に木の杭を作り、倒木や枝を組んでダムを作ってみました。結果が出るのは来年以降ですが、枯葉と水をせき止めて、水と表土の流出を防ぐ効果はあると思います。

 

 また、落ち葉の堆積が多すぎて草が生えにくい場所は、落ち葉をダムの所までかきよせれば、落ち葉処理と斜面のテラス化を加速させることができて一石二鳥。しかも、枯れ枝と倒木もすっきりと片付いて、見た目も美しくなるので、一石三鳥。林の中にランダムに倒木や枯れ枝があるのも悪くないのですが、個人的な好みとしては、こういうスッキリとした林の方が好きなんです。数年後、ダムの素材になっている木が腐り土に戻るころには、自然なテラス地形ができていることが期待されます。

 

 想像の中で眼前に広がっている景色は、ハイジに出てくるような緑の牧草が生い茂る牧歌的な傾斜地。そこで寝そべって、草を食むヤギたちを眺める…。

 

 ここでうまくいったら、敷地内のいろんな所で実践します。とはいっても、ここは全敷地面積の僅か1/20以下で、しかも敷地の半分はまだ原生林のまま。先は長い…。