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閉ざされた空間の記憶

 

 

 

精神科病棟は、隔離や拘束が「精神保健福祉法」の下で合法的に認められています

 

 

以下は、私が、2019年6月21日に、N市のT病院に、医療保護入院(法で定められた強制入院の制度)をさせられた時の、出来事の一部です

 

・保護室に居た時、食事に小さな虫が入っていた

・保護室に居た時、寝ている間に、部屋に、爪が置かれていた(たぶん足の生爪)

・朝起きると、血圧が上がり、息苦しかったので、この症状を、ナース達に言ったが、無視をされてしまった

・体調不良で辛かったため、病棟の公衆電話から119番通報をして、救急車を呼ぼうとしたら、罰として保護室に入れられた後、ナースに薬を注射された、注射の後、息苦しくなったので、点滴をお願いすると、1時間近く待たされてから点滴になった

 

私は、連日の虐待の苦痛から、隔離室で、首〇自〇を図ったのですが、けっきょく、紐が切れて、未遂に終わりました

私は、自〇未遂の後「虐待が辛いので、退院したい」と泣きました

しかし、私の主治医と、医療保護入院の同意者の〇は、私の悲鳴に耳を傾けようとしませんでした

 

私は「このままでは56される」と思ったので、診察のため、外部の病院に連れて行かれた時、そこのポストからコッソリと「T病院の閉鎖病棟で虐待されて56さそうなので、警察に通報して下さい」と、ある行政機関に手紙を出しました

その後、私は、手紙を出した事で、主治医から罰を与えられました(精神病院が手紙の制限をするの法律違反です)

 

しかし、行政機関が、警察に手紙を届けて下さった後は、言い掛かりをつけられて隔離室に閉じ込められる事や、注射をされたり、食事で体調を崩すがなくなりました

 

しかし、陰湿な嫌がらせは続き、私は日に日に衰弱して行きました

私を入院させた家族と主治医は、どれだけ私がお願いをしても、退院はおろか、転院させてくれる気配もありませんでした

 

私は、メールや電話でT病院での虐待の相談を始めました

すると、主治医は、私のスマートフォンを使用禁止にしてしまいました

 

2019年の秋頃になると、私は、逃げ場のない閉鎖病棟内で毎日続く、嫌がらせのせいで、一日中、希〇念慮に悩まされるようになっていました

しかし私は、自分の〇に場所は、自分で探したいと考えてました

それでも、このままだと、いずれ本当にイジメ56されてしまいます

 

2019年の晩秋、私は免許更新の講習のため、主治医から外出許可をもらい、〇の付き添いで、■市T町の警察署に行きました

私はこの時、警察署に入った途端に大きな声を出して、周囲の注目を集めました

私は「これが、外に助けを求める、最後のチャンスかもしれない」と思っていました

私は、これをキッカケにして、警察に虐待の相談をする事ができました

私がT病院に戻ると、いつも私を虐めていたナース達は、まるで、警察での出来事を知ってるように慌てていました

この日から数日後、T病院と〇は、私の退院を決めました

 

T病院を退院した私は、軟禁下での虐待のせいで衰弱していました

それでも、冬の冷たい空気を思いっきり吸い込んだ時、私は嬉しさから、涙が出そうになりました

 

 

しかし、私が175日振りに家に帰ったその日から、私はT病院に再入院するようにと言われたのです

しかし、T病院は私を受け入れませんでした

 

 

 

私はT病院を退院した後も、しつこく精神病院への入院を迫られ続けました

私は恐怖から、白〇市千代野を離れたいと思いました

しかし「集団ストーカー」からの生活妨害のせいで、転居先を探すのが困難でした

 

精神保健福祉法で定められた、医療保護入院制度の悪用の恐ろしさを知った私は、自分の身を守る方法を探しました

そして同法で、『訴訟をした、相手の、医療保護入院の同意者となる事ができない』と、定められている事を知ったのです

 

以下は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の

「医療保護入院の要件」です

 

医療保護入院は、本人の同意がなくても、精神科病院の管理者が、家族等のうち、いずれかの者の同意があり、精神保健指定医1名の診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護の入院の必要があり、任意入院が行われる状態にないと判定された場合に行われるとされています(精神保健福祉法33条1項)

 

「家族等」とは、医療保護入院の対象となる方の①配偶者、②親権を行う者、③扶養義務者及び④後見人又は⑥保佐人をいうとされています(精神保健福祉法33条2項)。

 

ただし、

(i)行方の知れない者、(ii)当該精神障害者に対して訴訟をしている者、又はした者並びにその配偶者及び直系血族、(iii)家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人、成年被後見人又は被保佐人、(iv)未成年者は除かれます。

 

そして、私は、医療保護入院の同意者となる資格を失くすため、2021年に、〇と訴訟をしました

この時点で、〇達は、法律上、私を医療保護入院させる資格を失いました

 

それでも、2023年4月4日の朝、私はK市の〇〇病院に医療保護入院をさせられてしまいました

この時の、医療保護入院の同意者も、前回2度のT病院の時と同じく〇でした

 

しかし、○○病院の時は、私と訴訟をした事で、すでに同意者となる資格がなかったのです

 

私は○○病院に入院させられて間もない2023年4月のはじめ頃から、医療従事者に「〇は過去に私と訴訟をした事で、法律上、私の医療保護入院の同意者になる資格がなかった」と言い続けていました

やがて、2023年5月1日、○○病院は私の話を、国に問い合わせました

そして、○○病院が国に確認した事により「以前に〇と私が訴訟をしていたので、〇には法律上、私の医療保護入院の同意者となる資格がなかった」事が判明しました

 

そして、2023年4月4日からの、〇の同意による医療保護入院は2023年5月1日に正式に「無効」となったのです

この時点で、本来、私は〇〇病院を退院できる予定でした

しかし、今度は○○病院の私の担当医が、同意者を市町村長に切り替える事で、私の医療保護入院を継続させてしまったのです…

 

そして私は、○○病院で、T病院の時よりも凄まじい、虐待を受けました

 

かつて、私がT病院に医療保護入院になる前は、私が集団ストーカーの被害を訴えると、〇は時々、泣いていました

●は、私の顔を見るなり、まるで焦れたように「早く精神病院に行ってくれよ」と言った事がありました

 

私を○○病院に、閉じ込めた後、〇と●は、安心しきった様子でした

病棟の公衆電話からの、私の「ここから出して欲しい、虐待されている、このままだと56される」と言う言葉に、耳を傾けようとせず、私の車や、電化製品などを、売りたがっている様子を、電話口で、におわせるように言って来ました

 

以下は、私が、2023年4月4日に、K市の○○病院に、医療保護入院(法で定められた強制入院の制度)をさせられた時の、出来事の一部です

 

○○病院は、私からスマートフォンを取り上げた後、使わせようとしませんでした

使えないのに、スマートフォンの月額料金だけが、残り少ない貯金口座からどんどん引き落とされて行く事に、私は泣きそうな気持でした

一度、保険会社に電話をする許可が下りたのですが、この時は、2人の医療従事者に見張られながらでした

しかも、電話をスピーカーホンにして、会話を、医療従事者に聞かせる事を、強要されたのです

 

私は、あまりにも虐待がひどいので、自分のいた病室の窓に、抗議や、SOSの張り紙をしました

恥ずかしいとは思ったのですが、私の場合は命懸けでしたから、まずは、病院の外の、一般の方々の注目を集める事が先決だったのです

なにせ、病院の食事で、口が痺れたり、体に湿疹ができたのです

私は、食事への薬物投与がひどい時は、売店と自販機の飲食物だけで、お腹を充たしました(これらは、すべて私の自腹です)

 

医療従事者達は、私の虐待への悲鳴や、張り紙に書いた事実を、すべて「存在しない事(被害妄想)」として扱い続けました

これは、屈辱なんてものではありませんでした

私は、何度も自〇を考えました

それでも、私は、ある事情から、自ら生命を絶つことができませんでした

 

 

私は、○○病院での虐待に、T病院以上の危機を感じていました

T病院の時は、私が体調不良を起こした時、外部の病院に連れて行かれたのですが、○○病院は、私が何を言っても、私を外に出してくれませんでした

ある時、私が主治医に、外部の病院に連れて行って欲しいと言うと「退院してから行けば良いでしょう」と言われました

しかし、どれだけ(虐待に耐えて)大人しくしても、退院させてくれる気配は一向にありませんでした

 

私の場合は、毎日、2~3人のナースに取り囲まれて、鎮静剤を無理矢理、飲まされた事もありました(飲まなければ、注射をすると脅されました)

実は私は、鎮静剤の副作用に、とても弱いため、毎日続けると、あっと言う間に寝たきりになってしまうと思いました

薬を続けて飲まされるようになると、私は目に見えて弱って行きました

 

「このままだと、今度こそ、本当に本当に56される」

 

何度目かの通報の時、私は電話応対をしてくれた警察の方が「精神科病棟では、医師から病気と言われた人に、警察は何もできない」と教えてくれました

 

それでも、私は、何としても、外と繋がらなければと思い、公衆電話に備え付けの電話帳で調べて、ヒットした留守電に(申し訳ないと思いながら)手あたり次第、SOSのメッセージを入れるなどをしました

なりふり構ってはいられませんでした

今、私の身に起きている事は、洒落になりません

こんな事が、まかり通ってしまうと、これから「集団ストーカー」で精神病院に追い込まれる方は、ますます増えるでしょう…

 

私は、○○病院では、出来る限り、記録を付けていたのですが

ある時、それらの記録の、複写をしようと思いました

 

 

 

 

 

参考記事 やりすぎ防犯パトロール、特定人物を尾行監視(キャッシュ)

 

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