果てのファンタジア。
終演。

ひとりひとりの人間が
細胞のひとつぶひとつぶになって
ひとつの生命体を作っていた
うねるエネルギー

そこに
自我という鎧で向かってしまう
違うって知ってる
わかってる
共同意識体
うねるエネルギー

だけれども
わたしのひとつの形だった
「やりたかったのこれだ」
って思った
やってないのだけど

コンサートでいつも、
目がつまらなかった
もっとその作品世界を表現できるのに
そう思っていた
ここにはそれがあった

時折、
わたしという自我がじゃまをする
取っ払ってしまえたらいいのに

感想はあくまでも感想で
決して解説でも説明にもなり得なくてく
伝わらなくてごめん
言葉にするととてもチープだ
言葉にできない、とか
絵にもかけない美しさ、とか
あそこにあの空間と時間を共有したひとたちは
それがなくても共有しているのだ
「一度ではもったいなさすぎる」
「芸術劇場での再演を」
「魅入ってしまった」
そんな感想を聞いた

はじめのふたつぶめは
わたしだったかもしれない
けれどももうすでにそれは
まったくちがういきものになっていた
個が個であり同時に全体である

...ああ、ワンネス
の、片鱗をみた
ほんとうはそれなんだ
けれど忘れてる
自我の鎧で守っていて

それを脱いでもしくははじめから鎧うことなく
身ひとつで臨んでいるひとたちだった
だから境目が曖昧になって
ひとつのものにむかうのだ

感想がワンネスになってしまった
芸術とは創造とは
それに限りなく近くための手段だ
削ぎ落として
研ぎ澄まして
そしてからだのふたまわり外でかんじて

わたしにはその瞬間
それができるだろうか
時間が存在しないものだとしたら
過去に込めた思いは
舞台の上にも続いている
成長して発展して形を変えて


ああ、もっと
もっともっと
わたしは欲張りになろう
貪欲に貪欲に
求めないとやって来ない
動かないと加速しない
どれだけ拙くても
行動だけがその方法だ
夢は叶う