春、弥生。
ナマズオグッズ大量発売の朗報を受け取って数日──薩摩の本丸には、季節外れの雪が降っていた。
白い粒が庭の松に積もり、石畳をうっすら覆っていく。
行光が修行中だというのに、審神者・ギョリイがナマズオグッズに浮かれまくったせいで、大鯰様がお怒りになったのではないか。そんな噂が、刀剣男士たちの間で半ば冗談、半ば本気で囁かれていた。

∈(👁️___👁️)∋さ、さむぺ……

四畳半の主殿で、ギョリイは肩を震わせていた。
今日の近侍は源清麿──通称、まろっぺ。



近侍といえば山姥切国広だったはずだが、まんばっぺは他の刀剣男士との遠征や出陣の采配に追われ、ここ数日は薩摩の本丸を離れていることが多い。

清麿は机の向かいに腰を下ろし、湯気の立つ茶碗をひょいと差し出した。

「温かいものでも飲むかい?主が震えていると、本丸の空気まで凍っちゃうよ」

∈(👁️___👁️)∋ありがとだっぺ…
まろっぺ……

湯気の立つ茶を両手で包みながら、ギョリイは小さく息を吐いた。
そのとき。

廊下を小さく走る足音。
文を運ぶナマズオ型の超絶に式神が、主殿の前でぴたりと止まった。

──行光からの手紙。二通目だった。

ギョリイは一瞬ためらい、それから封を切る。
紙を広げる指先が、わずかに震えた。



(字の震えは小さくなっているが、文は荒々しく乱れている)
修行の地として向かわされたのは、安土城だった。
ああ、何ということだ。信長様も、蘭丸も、まだ、ご健在であられる。
ここで光秀めを斬ってしまえば、俺の恐怖は、きっと晴れる。
だが、それをしてしまえば、俺は敵と同じ。
すぐさま裏切り者として貴方に討ち取られることになるだろう。
……俺は、試されているのだろうか。
これは、悪夢なのだろうか。
それとも。

そこで文は一度途切れていた。
続く行には、少し時間を置いて書いたような、濃い墨が残っている。

『それとも──
これは、俺が乗り越えなければならない過去なのだろうか。』

主殿の中は、しんと静まり返った。
外では、雪が静かに降り続いている。

清麿は黙って主の様子を見ていたが、やがて机の上の文にちらりと視線を落とす。

「……行光、ずいぶん悩んでるみたいだね」

ギョリイはうなずいた。

∈(👁️___👁️)∋……行光、がんばってるぺ

机の上の文を、そっと撫でる。
その仕草は、遠く離れた刀の背を撫でるようだった。

外では、白い雪が音もなく降り積もる。
安土城の空の下で揺れる行光の心を、この本丸の誰もまだ知らない。