午後は完璧だった。
転ばない。
ぶつからない。
湯呑みも裏切らない。
∈(👁️___👁️)∋「流れは完全にオラの味方っぺ……」
縁側でしめしめeyeを決めていた、その数刻後。
夕方。
不穏は、音もなく始まった。
「……は?」
最初に異変に気づいたのは、清光本人だった。
大広間で、いつものように身だしなみを整えていた清光が、鏡を覗き込み――固まる。
「……前髪、跳ねてる」
完璧に整えたはずの前髪が、ぴょこん、と不自然に立っている。
清光は即座に直す。
整える。
完璧。
満足。
立ち上がる。
ぴょこん。
「……は??」
その様子を、少し離れたところから見ていたギョリイ。
∈(👁️___👁️)∋「……あれ……」
数分後。
清光が歩き出した瞬間、床板のわずかな段差に足を取られる。
がくん。
「っ……」
転びはしない。
だが、確実にバランスを崩す。
清光は周囲を見渡す。
誰も笑っていない。
だがギョリイの目が、怪しく光る。
∈(👁️___👁️)∋「……流れ、移ったっぺ?」
三度目は、茶室前だった。
清光が通りかかった瞬間、掛け軸が、するり、と落ちる。
ばさ。
「え、ちょっ……」
ぎりぎり回避。
「なんなの今日!?」
夕日が差し込む廊下。
清光の周囲だけ、空気がざわついている。
ギョリイは、廊下の柱の影からじっと見ていた。
∈(👁️___👁️)∋「……不運、清光に移った説……」
そして決定的な出来事。
中庭。
清光が洗い立ての布を干そうとした、その瞬間。
ぴしゃ。
どこからともなく、水が跳ねる。
「冷たっ!?」
足元の桶が、なぜかひっくり返る。
完璧な白装束が、微妙に濡れる。
清光の目が、じわりと赤くなる。
「……俺、なんか悪いことした?」
ギョリイの胸が、きゅっとする。
午前中の自分を思い出す。
梁、床、湯呑み。
「……これ……」
不運は循環するものなのか。
それとも――
∈(👁️___👁️)∋「オラがしめしめeyeしたからっぺ?」
清光がしゃがみ込む。
「最悪……今日ちゃんと可愛くいけてたのに……」
その姿に、ギョリイの心がざわついた。
「助けるっぺ……!」
決意。
ギョリイは柱の影から飛び出す。
「あゆみよりステップっぺ!」
謎の掛け声。
軽快に、清光の方へ――
走る。
走る。
……床板の、午前中と同じ微妙な段差。
「うぺ?」
つま先が引っかかる。
そのまま前のめり。
「清光ーーー!!」
ずるっ。
どん。
がしゃ。
世界が一瞬、回転する。
静寂。
清光が目を見開く。
「……主?」
ギョリイは地面に倒れ込んでいた。
ナマズオマスクが、少し斜め。
腕が、不自然な角度。
「……」
「主!?」
清光が駆け寄る。
「ちょっと、何してんの!?」
∈(👁️___👁️)∋「……あゆみより……失敗っぺ……」
痛い。
とても痛い。
腕と膝。
清光の顔が青ざめる。
「ちょ、待って、動かないで!」
そこへ、近くにいた薬研が駆け込む。
「何事だ――って」
一瞬で状況を把握。
「大将、動くな」
「動けないっぺ……」
薬研が腕を確認する。
「ひび入ってる可能性あるな」
清光の目が揺れる。
「俺のせい……?」
「違うっぺ!」
即答。
「オラが……勝手に……」
清光の唇が震える。
「助けに来たの?」
「うぺぇ……」
「なんでそんな全力なの」
「流れ止めたかったっぺ……」
沈黙。
清光は、そっと主のマスクを定位置に戻す。
「俺の不運くらい、俺で受け止めるっての」
その声は、優しかった。
まんばっぺと長谷部が駆けつける。
「主!」
「何をしているんですか!」
ギョリイは天を仰ぐ。
∈(👁️___👁️)∋「午後の幸運、回収されたっぺ……」
薬研が淡々と言う。
「幸運は貸し借りじゃねぇ」
清光が、主の手を握る。
「主」
「うぺ!?」
「俺、別にそこまで落ち込んでないから」
「……ほんとっぺ?」
「うん。ちょっとムカついてただけ」
清光は小さく笑う。
「でもさ」
夕日が、二人を照らす。
「主が怪我する方が、よっぽど最悪」
ギョリイの目が、ゆっくり細くなる。
しめしめeyeではない。
ただの、しょんぼりeye。
「……清光、強いっぺな」
「主が弱すぎるの」
軽く笑う。
だが手は、離さない。
夕方の空は、少しだけ赤い。
不運は移ったのかもしれない。
だが、もっと大きなものが動いた。
薩摩の本丸では、不運も幸運も、誰かひとりのものではない。
そして主は、助けようとして派手に転び、結局、助けられているのだった。