ビザなし交流で通訳として参加していた人が国後島で一時拘束されたが、昨日無事何事もなく根室に帰ってきた。
 そもそもビザなし交流というのはお互いの立場を害さない、判りやすく言えばお互いの法に触れることはしないいわゆる「性善説」で成り立っている仕組みである。
 この通訳の方を20年以上知る者として今回の出来事は不思議なことである。
あわせてビザなし交流の受け入れ団体が古くからの担当者から新しい人に代わり、ビザなしの仕組みを十分理解していないのではと私も訪問するたびに感じる。
 9月に国後・択捉に行くので、この点もよく観察したいものである。何はともあれ一件落着して良かった。
 他校ではあったが、高校時代野球をしていた関係で知り合い、私が中川一郎先生の秘書の頃からご厚誼を賜っていた十勝管内池田町の遊佐隆さんという人が亡くなった。69歳、あまりにも早すぎる旅立ちである。
 池田高校時代は不動の4番打者としてスラッガーとして名をはせた人である。中川一郎先生とご親戚というご縁もあり、昭和58年私の最初の選挙から親身になって下さり、時には後援会長、幹事長として私を支えてくれた大事な人であった。同世代であり、他人事(ひとごと)でない思いで一杯である。
 また、旭川で大変お世話になっている濁沼一三さん息子さんが42歳、心筋梗塞で亡くなった。何という世の無常だろうか。
 今年の4月に社長に就任され将来を嘱望(しょくぼう)されておられた。如何ともし難い厳粛な事実に、ただただお二人のご冥福を祈るのみである。