昨日は松本サリン事件から20年であった。当初、メディアは河野さんを犯人として報道した。警察の間違ったリークが原因だったと言われている。
 怖いのは検察や警察のリークは裏付けが取れないので、一方的情報で書くしかない。これが怖いのである。
 私の場合も12年前、北方領土の国後島友好の家(いわゆるムネオハウス)偽計業務妨害・北方四島ディーゼル発電供与・アフリカのソンドゥミリウODA建設等々、外務省・検察のリークで、あたかも何か悪いことをしているという報道が連日続くと国民はそんな悪い奴は早く捕まえてしまえという空気になる。
 間違った権力の暴走はあってはならない。この点、読者の皆さんもよくよく考えてほしいとお願いしたい。
 今日は第一次世界大戦から100年の節目である。あの時、オーストリアの皇太子を殺した青年はこれ程の戦争になると思ったであろうか。
 この戦争から毒ガスなど化学兵器と呼ばれるものが使われた。そして第2次世界大戦と進むわけだが、戦争のたびに科学技術の進歩が格段に進んで行ったこの流れが原子爆弾へとなり今やサイバーテロであり、これからサイバーウォーを心配しなくてはいけない。
 ちょっとした出来事が世界を変える。これが歴史である。
 政治家の究極の目的・仕事は世界平和を目指すことと私は考えてきた。集団的自衛権行使の前にそういった状況、環境を作らないのが政治の役割である。
 このことを国民から選ばれた国会議員は心して汗をかいてほしいものである。
 今朝のテレビ・新聞で天皇皇后両陛下の対馬丸犠牲者の慰霊碑小桜の塔への供花、対馬丸記念館の訪問、遺族関係者・生存者とのお話が伝えられる。天皇皇后両陛下のお心が映像から、又、お言葉から胸に迫ってくる。あれから70年、改めて平和の尊さ重さを知るものである。
 平成9年9月23日、沖縄に国務大臣として公務で沖縄に行った際、喜屋武盛榮対馬丸遺族会会長から沈没地点の確認を涙ながらに要請され、私は遺族会の皆さんの思いに応えようと決意した。
 そして厚生省の反対を押し切り、私は科学技術庁・防衛庁に協力をお願いし、同年12月12日、海底に横たわる対馬丸を確認することが出来た。
 あの時、対馬丸沈没地点確認に反対した厚生省の大臣・担当局長・課長はどんな気持ちで報道に接しただろうか。
 是非とも一言、感想を戴きたいものである。
 朝の便で帯広に飛び、11時半より元池田町長の丸谷金保さんの町葬に参列。ワイン町長としてその名を知らしめた人だが、45年前、中川一郎先生の秘書になり、丸谷さんは町長3期目に入った時からご指導賜ったが、地域発展に情熱を注がれた記憶に残る町長さんの一人であった。
 心からのご冥福をお祈りする。