当たり前すぎて気がつかないかもしれないけど、日本ほどおいしいものであふれかえっている国は無いと思います。


いくらフレンチがおっされ~で高級感漂わせようと、私は断言します。


日本食が世界一 ぬー   (私基準エリザベチュ


だいたい素材をそのままおいしく食べれることのレベルの高さ、ハードルの高さに着目してください。


こってりしたソースで誤魔化すことのできない、この職人に課せられた難題を、見事にクリアしているのが日本食なんです。


たとえそれが、スーパーの出来合えのものであっても、やっぱり他国よりおいしいものが多い。


本当に幸せなこと きらきら



だから年々、変なファーストフードの数が増えるの見ると本当に哀しくなります涙


あんなものを”おいしい”と思うって、自分だけでなく子供にも食わせるなんて。。。



その昔、留学先の学生寮で数少ない日本人の友人達と、”もし食べられるなら何が食べたい”論争を繰り広げ、


”焼きソバ”、”カレーうどん” ”とんかつ”と言いながら苦しんだ ”M"な経験を思い出します。


大学のカフェテリアで3食するしかなかった私は、4ヶ月で10キロ太りました。





私は今、特に小児の臓器移植と虐待に強い関心を持っていて、


参加できるいろいろな機会を見つけては、自分なりに学んでいっています。


あまり周りの人には言えません。


何かのはずみでそのことをいうと、


”えらいねえ~”


”社会派?”


と、いわれとても違和感を感じるからです。


それとお子さんを亡くされたご両親とお話する時に、いつも


”これは迷惑なんではないか?”


とか


”踏み入ってはいけない領域に、入っているのかな?”


と後ろめたくなります。



多分、当事者とそうでないものの”境界線”みたいなものを感じるからです。


でも当時者の方に


”誰にでもおこり得ることだから、ちゃんと考えて”


といわれるとああ参加していいんだなあと、また前に進んでいけるのです。



自分の子供が難病になると、世間は社会はどう反応するのでしょうか?



”お宅に起こった稀な不幸な出来事”


として自分の家の扉は固く閉じてしまい、家の中で”あ~、うちでなくてよかった”


みたいな感じでしょうか?もちろんそうでない人も多くいると思いますが。


もし誰もが自分なりに参加していこうという姿勢だったら、大変な思いをしている家族だけでなく、その”誰も”が安心して快適に暮らせるように思えるのです。


そんなに難しいことではないのです。


ただ素通りしないで、関心を向けて知っていく。。。これだけのことで大きく変わると思います。


私は特に ”えらい”ことや”社会派”のことをいっているのではなく、これって当たり前じゃないかなあと思います。


だからさっきもいったように、”えらい”とか”社会派”とかいわれると、ちゃかされているようでとても不快です。




祖母の入院している病院の看護士さんから、私の携帯に電話が。。



”安静にしてないとだめなのに、じっとしていないんです。誰の言うこともききません。



睡眠薬を飲ませようとすると、”私の寝る時間じゃない”と取り上げられてしまいました”




で、


私に夜、付き添って見張っていて欲しいと。。。。


”あの~、大変モウシワケないんですけど、ご存知とは思いますが私には2歳児がおりまして~”



というと、


”知ってます、いつも一緒にこられるから。。。あ、でも隣のベッドも空いていますし、一緒に泊まってもらってかまいませんよ”




ええっ。


そんなことできるんだあ。。。



ちょっと大変そうだなあ。



とりあえず様子みて考えることにしました。



それにしてもおばあちゃん、困ったもんだ。


ベッドに逃げないよう柵が包帯でぐるぐる巻きにされていたのですが、果物ナイフで切り落として出たみたいです。



不良老婆ですよね。