一般論として、洗脳された人間が殺人を起こした場合に死刑になるかどうかは議論の分かれるところかも知れない。

 

 判例上の答えとしては、洗脳された人間が殺人事件を行っても責任能力があると見做されている。それはオウムの一連の事件を見れば、明からである。彼らの多くは洗脳された状態で地下鉄サリン事件を含め、多くの人を殺し、また多くの被害者を生み出したが、その行為が死刑に値するのであれば、死刑になるという判決が下されている。

 

 つまり、洗脳下においては責任能力が否定されていない。洗脳はそのままでは心神喪失を意味していない。洗脳された結果として、社会的に許容されない価値観を身につけ、善悪の判断が完全に歪んだために犯罪行為を行っても、善悪の判断自体が出来ないとは認識されていない。洗脳されていても、犯罪行為だと認識して実行していれば、それは責任能力があると見做される。

 

48 「電波による」犯罪への誘導

http://ameblo.jp/multifractal/entry-12161609512.html

 

 この淡路島の殺人事件においても、犯人は洗脳下において犯罪を実行している。その状態だけでは心神喪失とは言えず、犯人の責任能力は否定されない。そして、5人の無実の住民が殺されたことを勘案すると、死刑という結論は一つの答えである。

 

 洗脳と責任能力が関連しないにしても、裁判所はこの人物は洗脳されていないと判断している。それは被害者が工作員ではなかったからであるが、同時に、彼がスパイの対象者になるような人間ではないからでもある。

 

 それは一面の真理である。彼の状況を鑑みるに、彼がCIAや公安の対象者だったとは思えない。ただし、裁判所は同時にスパイの工作のあり方を理解していない。スパイ工作の基本は対人工作だけではない。対人工作は対象者を獲得し、対象国や対象組織に影響を与えるための工作である。そのような工作を行って、自らの国を利するのである。彼がそのような対象者になり得たとは思えない。

 

 しかし、諜報機関の基本的工作には別の類型もあり、それが対社会工作である。この殺人事件はその対社会工作の範疇で説明できる。

 

66 「スパイの対社会工作」危険な社会工作

http://ameblo.jp/multifractal/entry-12211781430.html