以下は「対少子化政策の論点」第9章から抜粋。

 

 

では、何故、未婚化が起きたのか?

 

日本で未婚化が起きた原因ははっきりしていて、それは見合いが若者に受け入れられなくなったからである。見合いには強制性の側面があり、若者がその強制性に抵抗し、そして最終的には社会全体が見合い結婚中心から恋愛結婚中心へと変化していく。しかし、見合いには強制性がある一方で、結婚救済的な側面もあった。つまり、以前は、結婚相手とうまく出会う機会が見つけられなかった人も見合いによって結婚できたのである。見合い結婚の減少はその結婚救済的な制度との決別も意味していた。見合いの減少はそれぞれ個人の自由の発現であると共に、ほぼ全員が結婚する社会からの決別も意味していた。

と同時に、この見合いの減少が起きた背景には、もっと大きな1970年代の社会ムーブメントがあったように思える。それは世界的に見て、ベビーブーマーの世代であり、自由と理想を唱えた世代であると共に、物質的な世代の始まりでもある。

また見合いの減少と裏腹の関係にあると思われるのが、女性の社会進出がより本格化してきたことである。これも1970年代の社会ムーブメントの一つと言える。そして、これは同時に結婚開始年齢の上昇も伴った。つまり、晩婚化が進展したということである。

 

未婚化には二つのフェーズがあり、一つは晩婚化であり、もう一つは非婚化である。現代において、晩婚化と非婚化はかなり違う現象である。それなりの数の確信的非婚者が存在し、彼らが結婚しないのは彼らの意志であり、それが非婚化の大きな部分となっている。もちろん、生涯未婚者の中には結婚を希望しているにも関わらず、結婚できない人が多数含まれているのは間違いない。ただそれ以上に、そもそも最初から結婚に価値を見出していない人が多数存在するのである。それが非婚化である。 

晩婚化はそもそも結婚を希望している人たちであり、ただ配偶者を見つけるのに時間がかかり、最終的に結婚開始年齢が遅れた人たちである。以前であれば、彼らは見合いによってそれなりの年齢までに配偶者に出会うことができた。見合い結婚が一般的でなくなるに従って、彼らが結婚相手と出会う機会は更に減少し、結婚相手に出会うまでに時間がかかる人が増え、晩婚化が進展することになる。 

 

そして、女性の社会進出と時を同じくして起こっている都市化の更なる進展は、少子化に繋がるまた違う問題も引き起こしている。そもそも結婚相手と知り合うきっかけは、見合いを除くと、家族を通してか、友人を通してか、あるいは職場を通してである。それらが結婚相手と知り合うきっかけの大部分を占めている。ところが地方から都市に出てきた人たちにとって、家族を通しての出会いは難しく、また友人の数も比較的に少ない。結局、職場が一番有望な出会い先となるが、明らかに出会う機会が少なくなっているのは間違いない。恋愛結婚という前提であれば、都市化は人と人が結婚相手と出会う可能性を低下させており、ひいては結婚率を押し下げる効果を持つ。

 

いずれにせよ、未婚化は出生率の低下を招いてきた。非婚化は結婚率の低下を招き、出生率を押し下げることになる。晩婚化は結婚出生率を低下させ、出生率を押し下げることとなる。それは、生物的に、結婚開始年齢が遅くなると、多くの子供を作る可能性が低下するからである。

この問題に対処し、出生率を維持することが出来た国は婚外子率の増加をみた国だけである。結局、全体の合計出生率が高いのは若年層の出生率が高いからであり、未婚化という中でそれを達成するためには、婚外子率が高くなければならない。つまり、若年層が結婚せずに子供を作るという選択をし、生物的に出生力が高い間に子供を儲け、全体の合計出生率が一定のレベルを維持されるというわけである。

その背景には、そもそも婚外子率が高く、社会的に婚外子を受け入れる素地が存在している必要があった。つまり、1970年代以前において比較的に婚外子率が高かった社会だけが、その後の社会変化の中でも出生率を落とすことはなかった。少子化に陥った国とそうでない国の間には文化的な素地の差があった。 

ただし、これだけでは出生率を維持する条件としては不十分であったと思われる。婚外子率と同時に社会保障制度の充実が必要であった。1970年代の社会的変化は核家族化も生み出している。そもそも核家族が全くサポートなしの子育てをその家族だけでするのはかなり難しい。それは現代だけでなく、過去においてもそうである。基本的には、子育てには家族のサポートや地域のサポートが必要である。それは過去においては普通に存在していたが、現代においては必ずしも前提にある条件ではなくなっている。子育て家庭が孤立化することは普通に見られることである。また、少子化の拍車は、子育て家庭同士を結び付けること自体も難しくしている。

つまり、一定の社会保障制度が必要なのである。それが存在する国では、そこまでの出生率の低下は見られてない。女性の社会進出と子育てを両立できる制度設計になっていない国では、女性は仕事か子育てかの選択を迫られ、結果として、出生率の低下を招くことになる。 少子化にならなかった国の背景には高い婚外子率があるが、それと同じくらいに社会保障制度の整備が重要であったというわけである。

日本は社会保障制度自体は整備されているものの、運用上に不備があると言える。その最たる例が待機児童問題である。それは社会保障制度の運用上の不備以外の何物でもない。子育て支援制度の存否ではなく、利用し易さが重要なのである。そして、それらの制度の利用し難さは少子化を導く一因となっている。