以下は「対少子化政策の論点」第9章から抜粋。

 

第9章 論点の再構築と政策評価

 

 

少子化の起源

 

どうして少子化が起こったのか?

 

少子化の起源を考え前に、まず少子化に至るまでの流れを見る。少子化に先行する形で、基本的には、ある現象が存在する。それは人口爆発である。日本でも少子化が問題になる前に、人口が極端に増え、人口をいかにして抑制するかが問題となった。

 

図9-1 合計出生率

厚労省,  

 

図9-1は日本の合計出生率のグラフである。1950年代まで日本の出生率は極めて高い。逆に言うと、それ以前は高い出生率が一般的であった。それには様々な理由が考えられるが、少なくとも、その高い出生率が人口爆発を起こすことは長い期間においてなかった。しかし、そこにある変化が加わることによって、人口爆発へと繋がる。それは衛生条件の改善と栄養の良化である。

その変化が産業化によるものかどうかは別にしても、経済が発展し、国民及びそれぞれの家庭の経済条件が改善し、そして人が以前よりも長く生きられるようになり、その結果が人口爆発となる。それは近代化の一つの過程であり、少子化を迎えている国は、基本的に先行する形で人口爆発を経験しており、それがあったからこそ、少子化が起きているとも言える。

この人口爆発は大きな社会問題となり、ときどきの政府がその対応を迫られた。その中で、基本的に使われてきた対応策は、移民、避妊法の活用、人工妊娠中絶である。これは日本にも当てはまる。移民は出生率に影響を与えないものの人口の増加を抑えることになる。一方の避妊法の使用と人工妊娠中絶は出生率自体を大幅に下げ、同じく人口の増加を抑えることになる。日本の出生率の統計を見れば明らかであるが、日本は1950年代に出生率の抑制策が功を奏し、合計出生率は2人台まで低下する。これも多くの国で見られることで、出生率の抑制に成功した国では、合計出生率は2人台まで低下する。

 

これが少子化に先行して一般的に見られる現象であり、状況である。

 

少子化はこの状況に至ってから始まる。ただし正確に言うと、人口爆発があり、それに対応する政策が功を奏し、出生率が低下し、そして少しタイムラグを置いて、少子化が始まる。日本の場合、1950年代から1970年代までは出生率は2人台であり、その時期には少子化の問題は起きておらず、タイムラグがあるのがはっきりと分かる。日本の少子化はそれ以降に始まる。この最初の出生率の低下と少子化となる出生率の低下の間のタイムラグは多くの国でも見られ、また少子化が始まるのが1970年代であるのも多くの国で共通である。

ここで重要なことが一つある。それは人口爆発の抑制策がそのまま少子化へと繋がっていないということである。つまり、1970年代以前の出生率の低下と1970年代以降の出生率の低下は違う現象である。日本の統計が示しているのは、人口爆発の抑制策によって出生率はうまく低下し、合計出生率は永らく2人台を維持していたものの、1970年代に入ってから出生率は2人を大きく割り込むようになり、人口維持水準から大きくかい離するということである。二つの出生率の低下にはタイムラグがあるということは、それが一つの現象ではなく、二つの現象が順番に起きたということを意味している。

 

問題は、何故、1970年代以降の出生率低下が起きたかということである。それ以前の出生率の低下は政府の施策によるもので、それが人口爆発への対策であることは明からである。この点には議論の必要がない。そして、その時期においては出生率が人口維持水準にあり、ある意味、理想的な出生力の状況であった。問題となるのは1970年代以降の出生率の低下である。

 

その答えを一言で言えば、未婚化が原因である。本稿で何度も議論してきたように、1970年代以降、未婚化が出生率を低下させたのである。