僕が米津幸夫氏に会ったのはロンドンの語学学校であった。かなり昔の話で1999年のことである。そこにはスパイがいた。たぶん、スパイがウヨウヨいたが、確実なのはピッパという女性スパイがいたことである。彼女が911の当日か翌日に、僕に電話を掛けてきた。彼女は僕の連絡先を知らないことになっていたが、彼女がアセットにした女性がいて、その女性が僕の友達であった。訳も分からないまま電話がセットアップされ、訳も分からず911の話で詰められたのを覚えている。

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 現実的には、ピッパが911を事前に把握していて、僕は他のスパイに嵌められただけだった。

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 そこには他にもスパイがいて、ティエリというフランス人と日本人のハーフがいた。彼は生徒でもなく、先生でもなく、ただ図書室に張り付いていた。僕は図書室で勉強する習慣があって、ロンドンに行ってからもよく図書室に籠もっていた。もちろん、そんな人は奇異であり、図書室にはほとんど人がいなかった。

 

 米津幸夫氏はそこに現れた。突然、話しかけてきて、ユッキーと呼んでくれと言い出した。

 

 僕の人生を振り返ってみて、そうやって近寄ってきたスパイは何人かいる。与那国の時にも、同じような形で近づいて来た日本人と外人のスパイがいた。それももう7年前の話になるが、それでも島には彼らを覚えている人たちがいるだろう。京都出身のおばさんとフランス出身のイギリス人の組み合わせだった。そういえば、そこでは公安調査庁の捜査官と公安の警察官も近づいて来た。

 

 ただ、米津幸夫氏と彼らには大きな差があった。与那国で会った人たちはその限りで接触を試みるスパイで、米津氏はもっと永続的に監視するために送られたスパイだった。今から思い出しても、米津氏は僕と会うのを喜んでいるようには見えなかったが、それでも、いつも良いタイミングに連絡を寄越してきた。

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 スパイはこうやって接触してくるが、結局、見知らぬ人と知り合うには同じように出会うしかない。彼らは偶然を装って必然的に懐に入ってくるが、それを全て拒否してしまうと最初から何も生まれなくなる。スパイはいつもこうやって偶然を装ったり、良い人を装ったりしながら近づいて来る。

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