今から振り返ると、左翼過激派の勧誘から民主党の勧誘へと進化したのは自然な結果だと分かるが、当時はそのようなことすら考えもしなかった。何度も書いてきたように自分は左翼ではないため、そもそも左翼的な話に全く興味が持てず、彼らがどういう関係にあるかも全く興味がなかった。

 

 自分の実家には赤旗があり、共産党員の父親がいるので左翼的な話には慣れているが、逆に慣れているが故に、そのような話の現実に対する批判的なエッセンスだけを汲み取って、彼らの処方箋を等閑視していた。

 

 つまり、自分が自由主義者だからクラックできないだけでなく、そもそも、マニピュレーションするための取り付く島もなかったはずである。そして、彼らのことを基本的に無視していたため、それら全てが背後で繋がっていることも思いつかなかった。

 

 しかし、左翼過激派だけでなく民主党が周りにいたというのは、そこに深い問題があることを意味しており、それは彼らが電波工作に関わっていたという事実である。

 

 自分を暗殺したり、犯罪者に落としたりするような無害化工作は何度も行われてきたが、民主党が電波工作に関わっていたという事実が今まで続く一連の工作のスタートになる。

 

 これまでも工作は断続的に続けられてきたが、今に至る一連の工作が始まるのは2009年からであり、特に、本格的な無害化工作は2009年9月以降に始まっている。つまり、それは民主党が政権を奪ってからである。

 

それまでに何度も暗殺工作を受けているが、それは事故に見せ掛けるものが多く、結果として、自分はそれらから何とか逃れていた。2011年末からは明らかな形で拷問が始まり、最早、逃げられるようなものではなくなった。もちろん、そこにはCIAも中国の諜報機関も絡んでいるが、本質的には日本の公安に問題があり、彼らの左翼過激化した幹部が民主党政権をサポートしていた。

 

 民主党関連の話はまだまだあるが、その中に自分の確信が持てないことが1つある。自分は就職の面接の際に細野豪志に会ったような気がする。それは三和総研の面接だったが、彼とほぼ同じ年齢で、イケメンで、弁が立つ大阪の三和総研の経営コンサルタントはほぼいないと思う。

 

 この話は書かないでおこうと思ったが、保管していたその時の面接官の名刺が見つからなかったので書くことにした。自分が完全に失念した結果としてどこにあるのか分からないのか、警察が盗んだのか分からないので、警察の工作に操作されたことになるのは嫌なので、念のために記しておくことにした。

 

 ただし、それが本人だとしても、細野さんは自分を民主党に引き入れるために会ったのではなく、就職の面接の一環であった。そこから数日後に自分は特別に内定を貰ったが、どうも全てが工作だったような気がして仕方がない。

 

 細野さんがどのような自己認識にあるのかは知らないが、彼が直接的に左翼過激派と繋がっているとは思わない。それよりも、彼は自分と同じように工作対象になっていたのではないかと思っている。自分は1992年に大学に入学して以降、何度も工作を受けているが、細野さんは同時期にその隣の部屋にいたからである。

 

 と言うよりも、かなり多くの人がこの電波工作によって人生の方向性を左右されている。