どうして、自分が後に民主党の議員になる人たちと会っていたかという答えは1つしかなく、それは彼らが自分を勧誘するためである。

 

 何度も書いてきているように、自分は公安と左翼過激派の工作の対象であり、何度か左翼過激派に引き込もうとする工作があった。実際に、そのように自分の周りに潜り込んでいた過激派メンバーは何人か特定しており、また、左翼過激派の工作に落ちたと思しき人たちも知っている。

 

 そして、この工作を行っていた人たちこそが民主党を作る工作を行った人たちであり、また、民主党を政権に就け、左翼革命を成就させようとした人たちである。

 

 自分が彼らの工作対象になったのは自分が共産党員の息子だからであり、左翼に最適な名前をしているからである。また、確かに小さい頃から共産党のイベントには何度か行っており、県幹部も見知っていたので、今から考えると自分が完全な監視対象であったことは分かる。そして、おそらく、自分が電波工作をすり抜けて大学に行けるだけの学力を付けられたからだと思う。

 

 このような情報が公安から左翼過激派に流れているために、大学入学した時点から自分は左翼過激派の勧誘の対象になっていた。そして、そこからいろんな工作が行われることになるが、福山等は自分を人定するために、わざわざ研究室に来ていた。それは自分が部屋に入ってすぐに、彼らがわざわざ話しかけて来たからである。

 

 つまり、同じ経由で自分の情報が彼らの元に伝わっているが、その理由の1つは民主党自体が左翼過激派の影響を受けているからである。それは党事務局に左翼過激派が潜り込んでいたという意味であるが、それ以上に、民主党自体が左翼過激化した警察幹部を含めた勢力によって支援されていたからである。

 

自分を民主党に勧誘しようという動きは、自分を左翼過激派に勧誘しようという動きの延長である。それ以外にも、実際に自分を政治家にしようとする工作はこれまでにも多数あった。

 

 そして、問題はここに留まらない。

 

自分が彼らと会った研究室に行ったのは3回しかなく、最初と最後の日を除くと1日しかない。その1日に目掛けて、彼らは研究室にいた。それは自分が電波操作を含めた工作を受けて、その決まった日にそこに行ったからであるが、同時に、彼らが電波工作を行う側にいたが故に、日にちだけでなく、正確なタイミングまでコントロールできた。

 

 これは民主党が深く電波工作と関わっていたことの傍証である。