横路孝弘が東大社青同出身であるため、左翼過激派と知己なのは述べたとおりであるが、その左翼過激派の中には公安のアセットとなったメンバーが多数いる。

 

 公安の対人工作は本来的には左翼過激派のメンバーを情報提供者として公安のアセットにすることであり、また、彼らは対社会工作にも徴用される。彼らの一部は電波工作の工作員としても利用されているが、それは彼らが電波工作装置をもらい受け、下請けとして工作を行っていることを意味している。

 

 横路の仲間がそのような公安のアセットになった結果として、彼が電波工作を知った可能性があるが、それよりも、自分は公安の裏工作チームが彼に近づいたのではないかと考えている。

 

 そして、その中心人物が伊達興治である。伊達が北海道警察本部長を務めるのは1994年7月27日から1996年4月8日までであり、その際の北海道知事が横路孝弘である。知事と警察本部長は行政の責任者として頻繁に交流しているが、それだけでなく、彼らは共に同時期の東大法学部出身である。

 

 伊達は1996年卒業で、その時点で26歳であった。いつ入学したか定かではないが、かなりの長期間、大学にいたと思われる。一方の横路も同じく1966年卒業で、その時点で25歳になっていた。彼は確実に大学に長期間いた。

 

 当時の法学部生が長期に学部に籍を残す理由は2つしかなく、1つが司法試験であり、もう1つが左翼活動である。特に、彼らは年齢的に60年安保を学生として経験しており、そのような学生の中には長期に大学に残り、左翼活動をしている人たちが多数いた。

 

 伊達もその中の1人だと考えているが、その情報が集められず、自分には確信がない。一方で、横路孝弘は司法試験をパスした弁護士であり、社青同の活動家である。つまり、横路は司法試験も左翼活動も行っていたため、伊達と横路はほぼ間違いなく学生時代からの旧知である。

 

 そして、彼らは1994年に北海道で再会することになる。伊達はこの時点までに電波工作を深く理解しており、彼らが組んだからこそ、横路は民主党結党に確信が持てたのだと思う。

 

 また、この北海道というのは重要な意味を持っており、北海道の政治家は頻繁に工作に嵌められているだけでなく、中川昭一のように電波工作の対象にもなっている。特に、北海道の保守政治家で工作の対象にならなかった人はいないと言えるくらいにイレギュラーな状況にあり、それは左翼活動家が電波操作による工作を行っていたことを意味している。