民主党は左翼過激派の道具として利用されていた。後進の民進党も左翼過激派の影響を受けているはずだが、そもそも、民主党自体が左翼過激派の影響下で結成されている。つまり、誕生以来ずっと左翼過激派が民主党の行動に大きな影響を与えていた。

 

 日本の左翼過激派は全てマルキストだが、彼らはほぼ共産党員ではない。全ての左翼過激派は共産党が嫌いで、それは共産党の意思決定が党中央に独占される民主独裁制だからである。

 

 60年代当時に過激化した若者が行動を起こしたくても、そのシステムの中では行動が制御されるため、彼らは共産党を離れていった。それだけでなく、民青を中心とした共産党の青年組織は行動が過激化し暴力を伴うようになる前に闘争現場を離れていったため、左翼過激派は共産党の行動を卑下していた。

 

 一方で、共産党は左翼過激派が暴力革命を信奉するトロツキストだとして非難していた。それ故に、この2つの方向性は共に共産主義であるものの、根本的に仲が悪い。

 

 左翼過激派は共産党の周りには居着かず、社会党の周りにいた。社会党は必ずしも左翼過激派ではないが、社会党内部には暴力革命を目指す左翼過激派がおり、その周りに他の左翼過激派諸派がいた。

 

 この左翼過激派内部においても微妙な路線対立を繰り返し、彼らが共産党宣言を信奉する過激派であるため、最終的にお互いに対して暴力を行使するようになった。彼らはその内ゲバによって一枚岩の集団にはなれなかっただけでなく、その暴力性が露見したため、一般の支持者をどんどん減らしていった。

 

 これらの集団が民主党に関わっていた。彼らは最終的に政権奪取に成功するが、それはこのような左翼過激派の政治工作によって支えられている。

 

 民主党は選挙に勝った結果として政権に就いたため、表面的には議会制民主主義の中での革命のように見えるが、現実は大きく異なっている。そこには物理的な工作と電波工作が存在した。自分が電波工作の対象者になっていたと確実に言えるのは90年代前半からだが、その時には既に電波工作を併用した左翼過激派の工作を受けていた。

 

 また、彼らの工作は左翼過激派シンパであるキャリア公安警官によって支えられており、それがここまで書いてきた話の本質である。彼らは90年代前半という頃までには共同で工作を行っており、その中で、自分は左翼過激派の後継者を作ろうとする工作の対象になっていた。

 

自分に対する工作は本質的に対人工作が多かったが、彼らは同様の技術を政治工作にも利用しており、民主党の政権奪取は秘匿された暴力によって支えられていた。それは武装蜂起という形の革命ではなかったものの、彼らは依然として暴力を使って革命を行うという過激思想を実践しており、それが電波工作という方法を用いることでより秘匿的に実行された。

 

 ただし、念のためであるが、民主党のほとんどの議員は電波操作の事実を知らなかったはずである。それをいつ知ったかは分からないが、大部分の民主党議員がその能力を知ったのと、その他の政党の議員がその工作技術を知ったのはほぼ同時のはずである。