山田英雄は保通協の設立に絡んでおり、それは前にもリンクした1986年5月15日の参議院の以下の答弁でも述べられている。

 

政府委員(山田英雄君)この保通協は、私官房長時代に一つの思い入れを持ってその設立にあずかった体験を持っております。これはどういう動機がといいますと、今の警察活動というのは高度のハイテクノロジー、科学技術によって支えられなければ、その目的は達成できないのでございます。そういう意味からしますと、警察の監督を受ける法人で知識技能を持った人たちが集まって、そこで高度のハイテク、それの研究をして、警察活動に応用できるものは応用していく、そういういわば試験研究機関として、シンクタンクとして浄財を募ってつくった財団法人が保通協であるわけです。したがって、おっしゃるような、もともとその本質において疑惑にからむ性格を持っておらないわけです、財政規模も小さいわけですし。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/104/1050/10405151050010c.html

 

 この組織は1982年に設立され、1985年以降に警察のパチンコ利権の受け皿となるが、当初から電波操作に関わる機関だった可能性がある。

 

当時の通信技術を鑑みると、結局、我々国民が理解していなかっただけで、最先端技術は超長波を使って対象者の脳や体に直接的に影響を与えるものであった。警察はこの1980年代前半までにこの技術を手に入れており、この組織がそもそも電波工作技術向上のために作られた可能性は十分にある。

 

 そして、山田英雄は緒方盗聴事件当時の警察庁長官である。個人的な感覚からすると、山田が緒方盗聴を命じたとは思えないが、それは長官がそこまで細かい工作に関与するとは思えないからである。

 

 ただし、この事件の本質が電波工作であったとすると、彼が隠蔽工作の指示をしているはずである。だからこそ、関連の役職の警察キャリアが直接的な責任を取らされており、それは確実に長官の決裁が必要になる。

 

 1995年の國松長官銃撃事件の隠蔽工作に関しては、山田英雄は関わっていないかも知れない。彼は当時においても大物長官OBであったが、当時、北朝鮮利権を握っていたのは山本鎮彦であり、山本は公安畑における山田の上司にあたるため、最終的な決定は山本が行った可能性が高い。

 

 また、山田は左翼でもなければ、過激派でもない。彼が現役の警察官僚だった頃までには、少なくとも警察全体の左翼過激化は起こっていない。彼は1953年入庁であり、そこから何十年間も左翼過激派と闘っていた公安畑のキャリアであったため、左翼化する機会すらなかったと思う。

 

 それでも、彼は電波工作を理解している。問題は、彼がいつこの工作能力を知ったかである。と言うのも、彼が当時の公安幹部として、あるいは警察幹部として電波工作装置をCIAから導入したキーマンの1人である可能性が高いからである。

 

彼は大物警察OBであり、依然として、日本政府の政策に影響を及ぼしている。どうしてそのような権力が維持可能なのか、また、どのような形でこの電波工作能力が日本に入ってきたかを説明すべきである。