左翼過激派シンパであった漆間巌は2004年に警察庁長官になる。この頃が警察の左翼過激化のピークであり、彼らはこの以前から権力を奪取している。

 

と言うのも、漆間巌が警察庁長官になれたのは電波工作でライバルを退職に追い込み、北朝鮮にサポートして貰った結果であるため、彼らはその以前から電波工作能力を含む裏工作を完全に支配している。少なくとも2000年段階までは、公安内部の電波工作能力は彼らが独占していたと考えて良い。

 

 警備局長レベルで考えると、左翼過激化の開始は伊達興治のはずであり、その直前の警備局長の入庁年を確認すると以下のようになる。

 

菅沼清高、1958年

杉田和博、1966年

伊達興治、1966年

 

 実は、伊達と杉田は同期であり、杉田は25歳まで大学におり、伊達は26歳まで大学にいた。普通に考えると、彼らは60年安保時には学生をしており、そこから長く大学にいたことになる。ただし、入学年が分からないので正確なことは分からない。

 

 当時、このように長く大学にいる法学部生は司法試験を勉強しているか、左翼活動をしているかのどちらかでしかない。伊達は警備局長として積極的に國松長官銃撃事件の真相の隠蔽工作に関わっているため、彼は左翼過激化しており、少なくとも学生時代に既に左翼化は終わっていたはずである。

 

 それに対して、杉田は分からない。ここ数ヶ月の間で公安のアセットだったと思われる左翼過激派のトップが次々に捕まっていることを考えると、杉田官房副長官が左翼過激派シンパだったとは考え難いが、彼がどのような心象風景を持っているかは分からない。

 

 伊達にはもう1つ重要な経歴があり、それは彼が裏理事官経験者であるという事実である。その年も正確に特定できなかったが、1980年前後の時期であることは間違いない。

 

 実は、その頃に電波装置が日本に導入された可能性が高い。前に書いたように、別の洗脳プロジェクトであるMKウルトラが実験されていた時点ではCIAは電波操作技術を持っていなかった。そのプロジェクトは1973年までにアメリカの議会で問題になり廃止される。

 

電波工作技術はそれ以降に開発されており、脳波研究の技術進展を考えると、感情操作や脳梗塞を引き起こすような単純な電波操作はMKウルトラ終了直後の1970年代に作られた可能性が高い。

 

 そして、緒方盗聴事件の本質が電波工作であれば、1985年までに公安警察は電波工作能力を手に入れているだけでなく、思考送信にも成功しているはずである。ちなみに、対象者の脳波をレーダーで読み取る技術は2000年前後に確立されたはずであり、もっと最近の技術である。

 

 つまり、初期の電波工作技術は1980年前後に日本に入っている可能性が高く、その頃に、伊達は裏理事官として深く関わっている可能性がある。彼は元々左翼シンパであり、この時期までに過激化していたかどうかまでは分からないが、少なくとも、政治工作に使える技術を1980年代前半で理解した可能性が高い。

 

1980年前後の警察庁長官は山本鎮彦であり、彼も公安畑出身者である。ここに問題を解く鍵がある。