本来的に書く必要のないテーマについて書くが、そうしておかないと、彼らが自らの犯罪行為を隠蔽するために、そもそもこの文章全てが派閥争いの謀略だと言いかねないので、念のために追記しておく。

 

 ここまでの話を総合すると、伊達興治以降の警備局長で左翼過激化していないと言い切れるのは、金重、米村、池田だけになる。実はそこには共通点があり、彼ら3人は京大法の出身で、それ以外は全て東大法の出身である。

 

 問題は自分も京大法の出身であるため、東大法出身の左翼過激化した人たちは、これが派閥争いの謀略だと言いかねない。 

 

 彼らの常日頃の論法の優れているところの1つが問題の本質に触れない技術であり、なおかつ、それを貫き通せるほどに頭が良い。それがどのようなものか理解していないと、この論法で攻められて、何を議論しているか皆目見当の付かない状態になる。それは彼らが話を逸らして、問題の本質をぼやかしているからである。

 

 京大法は戦前に滝川事件があり、戦後に彼が学部を再構築したため、基本的に自由主義が強く、左翼の教員はいない。それに対して、東大法の戦後は戦争協力に対する反省からスタートするため、左翼思想が強い学部になった。今ではそれほど大きな差があるとは思えないが、1960年代では根本的に差があった。

 

 それでも京大にも左翼活動家がおり、拠点があり、東大紛争ほどの大掛かりなことはないにせよ、問題がなかったわけでもない。つまり、そのような歴史的要因が影響を与えた可能性はあるが、問題の本質は公安組織が左翼化し、政治化し、過激化したところにある。

 

 そして、それは学生時代に学生運動が盛んだった世代の問題であり、どこの大学がという問題ではない。この時代に警察に採用されたキャリア官僚の中に元々左翼思想を持っていた人たちがおり、彼らが出世する中で裏工作の全権を握るようになり、その工作能力を政治工作に利用するようになった。

 

 その過程でも多くの政治工作を行ったが、彼らの革命はなかなか成功せず、最終的には警察全体の権力を手中に収め、その全体の力を使って、他の左翼活動家と共に左翼的政権を成就させた。

 

 従来的な工作だけならば、もしかするとここまでの政治工作はできなかったかもしれないが、彼らは公安の電波工作能力も独占しており、その技術進歩と共に、彼らは日本を破壊するような工作を行い続けた。