念のために書いておくが、警官が左翼思想を持っていること自体は問題ではない。それぞれの人にはそれぞれの思想信条があり、何を信じようが自由である。少なくとも、それが違法行為に結びつくような危険思想でない限り、どんなものでも許容されるべきである。

 

 ただし、理想追求に犯罪行為が伴う場合は大きな問題であり、それは法治国家の原則に反している。それ故に、破壊的暴力を伴う過激化が否定されており、左翼が左翼過激派になった時点でその思想は許容されない。

 

 特に、法執行側にこのような左翼過激化した人物がいると問題が更に大きくなる。法治国家の原則は同時に国家による暴力の独占を伴っており、それが警察権の執行という形で現われるか、あるいは、司法過程による刑罰となる。今の日本で起こっているように過激化した人間が法執行側を制御すると、その暴力は私的に利用されるようになり、国民主権が大きく毀損される。

 

 左翼思想は頻繁に過激化する。それは日本だけで見られる現象ではなく、世界中どこでも見られる現象であり、それは根底に革命思想があるからである。彼らは革命追及のために自ら破壊行為や暴力を実行し、その左翼の暴力化こそが過激化するという意味であり、それを肯定している人物や集団が左翼過激派である。

 

 この暴力の中には、もちろん、電波工作も含まれる。左翼が電波工作を使って他人を洗脳したり、社会を危機に陥れたりするのは過激派の活動であり、過激化した結果である。

 

 問題は、現実的にこのプロファイルに当てはまる警察キャリアが多数いることであり、彼らが日本を破壊し続けている。彼らの独善的な観点からすると社会を改良していたとなるのかも知れないが、現実的には、彼らの工作活動は日本の90年代以降の停滞を導いた要因の1つである。

 

 今まで挙げてきた人物の中で、このプロファイルに当てはまるのは伊達興治、漆間巌、芦刈勝治などになる。問題は他にもこのようなプロファイルに当てはまる警察幹部がいたかであり、誰が公安の左翼過激化を主導したかである。