芦刈勝治は1973年の警察庁入庁で長官人事の最終選抜まで残っていたが、あと少しのところで北海道裏金事件に嵌った。当時、裏金自体は警察組織全体に蔓延しており、北海道警だけの問題ではなかったが、この北海道の案件が一番耳目を集めたケースになった。

 

 彼は順繰りの人事で北海道警本部長の任にあっただけで、本質的には北海道の裏金を作っていないが、それでも、その存在自体を否定し続け、最終的に問題が隠せなくなるところまで追い込まれたため、彼が責任を取らされることになった。

 

 実際には、誰かが彼を嵌めたのではないかと思って調べてみたが、可能性はあるものの正確には分からなかった。もしそうであれば、かなり手の込んだ工作であり、公安かCIAにしか仕込めないレベルにある。これが工作であったとすれば、その経緯は簡単に辿れるが、基本的には高知県警の裏金情報を誰かが高知新聞に持ち込んだことが発端になる。

 

 工作であるかどうかは可能性程度の話であって、たまたま嵌っただけではないかと思うこともあるが、それにしては彼の行動はあまりにも歪んでおり、誰かが意図的に彼を排除した可能性も否定できない。

 

 彼は1973年に入庁しているが、その4年前に大学に入学していれば、彼の入学年は1969年になる。しかし、この年は安田講堂事件があったため、東大は入学試験を行っていなかった。彼の経歴の詳細が詰められなかったので分からないが、京大という可能性もあるものの、やはり、1968年以前に東大に入学したと考えた方が良いだろう。

 

 いずれにせよ、いつどこの大学に入学したかに関わらず、彼は左翼学生運動のピークの頃に大学生であった。

 

 彼のプロファイルを理解するために、彼が1979年に出稿した論文を読んだが、そこではパス解析が使用されていた。当時の技術から考えると法学部生には依然としてパス解析が使える状況ではなく、また彼の分析枠組みから判断すると経済学部出身の可能性が高い。そうなるとマルクス経済学が強い当時の京大経済出身ではなく、東大経済出身の可能性が高い。

 

 東大出身であれば、目の前で安田講堂が落ちるのを見ており、かなりの影響を受けているはずであるが、そうでなくても、当時の学生は左翼的志向の影響を受けている。

 

とは言え、いろいろ調べても、彼の政治的方向性が確定できなかった。彼はほぼ左翼過激派シンパだと言えるが、ただし、1つだけはっきしていることがあり、彼は北朝鮮シンパである。