西村泰彦は自分が香港で拷問を受け始めた時の警備局長であり、公安は彼の指揮下にあった。当時の一連の工作は2009年から始まっており、中国の諜報機関だけが主導していたのではなく、公安もCIAも最初からそれに絡んでいた。

 

 これらの工作は日本においては裏工作ラインが決定しており、必ずしも警備局長が決裁したわけではないが、彼が工作について事前に全く知らなかったとも思えない。

 

 そして、彼には重要な問題がもう一つある。それは彼が長官銃撃事件の際に警備一課長であったという事実である。彼が隠蔽工作に関わったかどうかは定かではないが、警備側も隠蔽工作に関わっており、長官の自宅玄関の写真を撮ったビデオを意図的に紛失させている。そのような工作は公安だけでは行えず、警備側が協力する必要がある。

 

 とは言え、石川正一郎が裏理事官として確実に工作に関わっていたのに対して、西村泰彦の場合は警備一課長であり、彼以外にも工作に関わった可能性のある警備職員はいる。そのため、彼の関与がどのようなものだったかは確定できない。つまり、彼は常にいろんな裏工作の周りにおり、その一部は彼が決定に関われたものの、彼は全く工作に気付かないような人物だった可能性は否定できない。

 

 話を香港における様々な工作のあった2011年時点に戻すと、やはり、その時にも石川正一郎の方がより積極的に関わっているはずであり、どこまで西村泰彦が関わったかは分からない。結局のところ、最終的な工作のゴーサインは片桐裕が出しており、彼の権限はスキップされたかもしれない。

 

 それは日本に帰ってきた継続された工作においても同じであり、自分が奈良で工作を受けている際の警備局長は西村泰彦であり、現場で指揮をしていたのが公安出身の準キャリアだった原山進だったが、それでも彼は何もできなかったのかもしれない。

 

 この時点では警察が違法捜査や違法工作を行っているのは知れ渡っており、警察だけでなく、霞ヶ関や永田町の多くの人たちが状況を理解していた。また、松下忠洋金融大臣が自殺するのはこの年の9月であり、自分はこれが電波操作によって作られたものだと思っている。これがCIAによるものか公安によるものかは分からないが、少なくとも、彼は警備局長であり、かなり深くまでこの事案の事情を知っていたはずである。

 

 彼は、現在、宮内庁次長である。公務員としての守秘義務はあるものの、政治は彼に全てを話させるべきであり、それは可能である。少なくとも、彼は電波工作に関わっていたのか、関わっていたのであればどのような工作まで行っていたのか、関わっていないのであれば、どの時点で電波技術について理解したかを説明する必要がある。