自分に対する工作はかなり古くから行われており、無害化工作も1990年代前半から始まっていた。とは言え、現在にまで至る一連の工作は2009年から始まっている。

 

 そして、その一連の工作にはフェーズがあり、自分をアセットに落としたり、犯罪者に追い込もうとする工作が続けられた後に、大掛かりなおとり捜査が始まった。そのおとり捜査はかなりの耳目を集める中で行われたものの最終的に失敗したため、彼らはすぐさまに自分を暗殺しようとする。

 

 その暗殺を実行したのは公安ではなく中国の諜報機関だが、CIAを含めて、彼らは本質的に共同オペレーションを行っていた。しかし、その試みが失敗したため、今度は拷問を始め、それでも落ちなかったために、拷問を続けながら次から次へと自分の関わっていない事件を列挙し続け、自分をえん罪に落とそうとした。

 

 この2段階目の無害化工作が始まるのが2011年10月であり、それは片桐裕が警察庁長官になった時である。これは偶然の一致ではなく、間違いなく、彼が警察庁長官になった後から工作が更に大掛かりになり、彼の重要な仕事の1つは明らかに自分を仕留めることになった。

 

 そこまでの工作にどうして彼がゴーサインを出したかは分からないが、それがなければ、ここまでの大事には至らなかった。特に、暗殺未遂事件と拷問は大きな問題になっており、それは2011年末の日中間の首脳マターになっている。

 

 そのような大きな問題が明らかになっているにも関わらず、日本の警察の捜査が永遠と続けられ、その後に日本でも拷問が行われるようになった。これらの決定は、最早、警察庁長官が関与しなければ無理であった。

 

と言うのは、既に問題が政治イシューになっており、ほぼ全国会議員が状況を知っていたからである。その中で、公安が単独に工作を行うのは不可能であり、警察全体が虚偽の理由を作り上げて、自分を追い込むことの正当性を喧伝する以外に方法はなかった。

 

 つまり、そこには警察総体の決定があり、それは警察庁長官しか担えない。その状況になったのは2011年12月になってからだが、実際のおとり捜査は10月から始まっているため、それは彼が警察庁長官になった時期と平仄が合う。

 

 問題は、どうして彼がそこまでの違法行為に関わったかである。

 

もしかすると、彼は探偵のネットワーク形成に関わっていたのかも知れない。現在、そのネットワークは犯罪インフラとして犯罪者にも利用されているが、同時に、警察も一部の仕事を彼らに外注している。これは昔からあったネットワークではなく、ここ20年の間に警察庁生活安全局を中心に作られたものだと思われる。

 

 そして、片桐裕はその生活安全局でかなりの期間を過ごしており、もし、彼がこのネットワーク形成に関わっていたのであれば、自分を私的に憎んでいる可能性はある。と言うのも、自分が存在した結果として、このネットワークが犯罪インフラとして利用されていることがより明確になったからである。

 

 ただし、どうして、彼がゴーサインを出したかは不明である。何らかの理由で彼が自分をターゲットにしたことは間違いないが、それが何だったのかは未だに分からない。