石川正一郎は、その後、公安のラインを外されて、2013年4月に神奈川県警本部長に就任する。このポスト自体は魅力的なポジションであるが、間違いなく、彼は自分に対する工作からこの時点で外されている。

 

この辞令は3月29日に発令されており、それは自分に対する電波工作がハッキリとした形で行われるようになった時期でもある。

 

実際のところ、彼が警視庁公安部長から異動し、公安から離れたことをどう見るかには2通りの考え方があって、1つは電波工作を本格化させるに当たって彼に傷がつかないように外したという見方であり、もう1つは彼が裏工作の中心人物であったために、とりあえず公安から遠ざけたという見方である。

 

一部の政治家が本格的に電波工作の存在を理解するのはこの直前の2月辺りだと自分は捉えており、3月頃までにはもっと多くの人たちが電波工作を理解したはずである。彼はその工作の一翼を担っていたため、一度外されたと見るべきだろう。

 

神奈川県警本部長は警察の中では重要なポジションの1つであるが、ある種、長官人事の最終選考で外れた人間が就くポジションでもある。そして、彼はその後警察幹部には戻れず、内閣官房拉致問題対策本部事務局長として内閣審議官になる。

 

この人事は2014年4月1日付だが、ここには重要な意味があり、この後の5月26-28日にストックホルム合意がなされる。ストックホルム合意を端的に説明すると、北朝鮮に拉致被害者がまだ残っているかを北朝鮮政府が調べ、一方で、日本は当時の制裁を緩和するという合意である。

 

このストックホルム合意を導いたのは石川正一郎である。彼はこのような合意が作れるほど北朝鮮と昵懇であり、逆に言うと、このようなディールが導けるからこそ中央に返り咲いている。

 

問題はこのストックホルム合意の中身にあり、北朝鮮は全ての拉致被害者の現状を把握しているため、拉致被害者の再調査をする必要性は全くなかった。つまり、この合意自体は本質的に何も意味しなかったことになる。

 

しかし、石川正一郎にとってはこの合意は必要であった。と言うのも、この合意が存在する限りにおいて、彼は重要なポジションを任されることになり、また、内閣官房の中にいることによっていろんな工作情報が入る状態を維持できる。

 

内閣審議官になって以降、彼は実際に北朝鮮に何度も渡っており、その結果として、彼は北朝鮮政府からも受け入れられる有用な人材だと思われている。しかし、彼が北朝鮮で何を喋っているのかは定かではない。それはその内容が秘密だから分からないというだけでなく、そもそも、彼が日本のために交渉を行っているとも思えない。

 

結局、北朝鮮はこの合意を梃子に資金を得たいだけであり、日本政府がそれを出さない限りは合意が妥結する状況ではなかった。結果として何の成果もないまま、時間だけが過ぎて行くが、それでも彼らにとってはそれでも十分であった。

 

北朝鮮は日本の制裁が緩和されたために一息つける状況が一時的に生まれ、石川正一郎はこの合意を協調することによって、自らの存在価値を示し続けられた。北朝鮮と北朝鮮シンパの警察官僚にとっては、ストックホルム合意という存在が成功であった。

 

そもそも、石川正一郎は北朝鮮による拐かしをサポートしたことがある人間であり、その同一人物が拉致問題を本気で解決したいと思っているはずがない。ストックホルム合意は北朝鮮に1年半の余裕を与えただけであり、また、石川正一郎に権力にしがみつくチャンスを与えただけである。

 

そして、全ての日本人は彼らに馬鹿にされただけである。