電波操作は想像以上に対象者をマニピュレートできる。今でも毎日24時間ずっと電波工作を受けているが、自分が当初に思っていた以上に電波操作で簡単にマニピュレーションされることが分かった。いろいろな方法で電波工作に抵抗しているが、そのような方法論を見付けられなければ、自分はもっと昔に落ちていたと思う。

 

それでも、彼らの仲間になることはないため、自分の場合は妄想に囚われたまま大きな犯罪を起こしていたと思う。実際にどのような工作に嵌められそうになったかと、どのように対抗してきたかは全編に亘って記載している。

 

 この電波操作はオウム逃亡犯にも利用されており、だからこそ自分は平田信と一緒に働いていた。それは1997-98年の話であるが、当時の自分は公安に完全に監視されており、それは同時に、公安が確実に平田信の居場所を知っていたことを意味している。

 

 もちろん、公安が逃がしていたのだから当たり前の話であるが、彼らは電波工作を行うだけでなく、そもそも手配写真も本人に似ていないものを用意していた。それは公安が犯人を逃亡させる時に一般的によく利用する方法と言われており、実際にそれを用意した人間が警察内部にいる。

 

 これらの工作を担当したのが石川正一郎であり、つまり、オウム逃亡犯を幇助したのも彼であるが、自分を工作に嵌めたのも彼である。ここで電波工作が利用されているというのは、彼がこの時点で電波操作も含めた工作の企画立案実行を担ったことを意味している。

 

 この同じ電波操作はオウム信者であった警官の小杉敏行にも利用されており、だからこそ、彼は長官を銃撃したかも知れないと供述することになった。

 

 結局、ゼロと呼ばれるこの公安の裏工作組織こそが日本で電波工作を行っている組織であり、それが大きな工作を行う場合には常に裏理事官を通じて計画が実行され、当時の担当者が石川正一郎であった。

 

 2000年段階では警察幹部ですらこの電波工作技術に気付いておらず、多くの幹部が病院送りになった。この時、病院送りにならなかった警察庁幹部が長官以外にもう1人おり、それは裏理事官出身で当時の官房長だった石川重明である。

 

 今ではこの工作能力は多くの警察官が知っており、それ以上に多くの人が気付いているが、どこかの時点までは完全に秘匿された形で工作が行われていた。この電波工作は石川正一郎が裏理事官になる前から行われており、彼に全ての責任があるわけではないが、とは言え、彼は裏理事官になる前からこの工作を知っていたかも知れない。

 

 ここに2つの重要なポイントがあり、この電波工作を知らないと効果的な裏工作の計画立案ができないという意味であり、またこの方法論を知らないと裏理事官を任せられないという意味である。