彼らが自分をオウムテロ関係者だと嵌めたにも関わらず、それがすぐに虚偽だと露見するのは彼らが重要な事実を見落としていたからである。

 

自分は地下鉄サリン事件の前日も当日も京都におり、それを証言できる人間の中に検察官がいた。当時はみんな学生だったが、警察は自分の周辺の追跡調査を怠っており、彼が大阪地検で働いたことがあったために、特捜部は彼の供述の信憑性がどれくらい高いかを知れる立場にあった。

 

 つまり、自分がオウムを嫌いだったことと、彼らとは全く何の関係をなかったことを証明できる人間がいたため、検察が自分をこの件で追及することは絶対になかった。そうなると、警察はそれ以上進めなくなる。

 

 それどころか、この失敗の影響は甚大であり、この状況を放置すると彼らがオウム逃亡犯を逃がしていたことが露見する可能性があった。その問題が拡大すると長官銃撃事件の隠蔽工作が露見し、北朝鮮の関与も露見する可能性があった。それだけでなく、公安が北朝鮮と深く関係を持っていたことと、彼らの中に左翼過激派シンパがいたことも露見する可能性があった。

 

 それらが露見すると、今度は公安が信じられないくらい多数の政治工作を行っていたことと、暗殺を含む多くの殺人を行っていたことが露見する可能性があった。

 

 しかし、自分がオウム逃亡犯はどうして作られたかを調べなければ、この線から隠蔽工作が露見することはなかった。そもそも、彼が長官銃撃に関わっていたとされていたことも自分は知らず、また、どうして逃亡犯を作る必要があったかにも興味はなかった。と言うよりも、そんな話に関わりたくはなく、自分には解明したい問題が他に沢山あった。

 

 実際に、この國松長官銃撃事件を隠蔽するためにオウム逃亡犯を用意したと気付くのは2016年に入ってからであり、それは「警察が狙撃された日」を読んだからである。ちなみに、これも自分の意志では読んでいない。電波操作であまりにもしつこく、この事件の関連本を読むように迫られ、それを拒絶するのが面倒になったので、読むことにしただけである。

 

つまり、警察の中でもこの事件の背後にある真実に迫りたい人たちがおり、その真実の中に公安の問題の本質が隠されていると思ったのだろう。実際に、この隠蔽工作の中にも公安の問題が縮図的に現われていた。

 

自分はこの隠蔽工作に関して法廷に立てるくらいの証人である。それは彼らが自分を殺したい理由の1つでもある。しかし、何度も殺そうとしても死ななかったために、何度嵌めようとしても落ちなかったために、逆に、彼らの工作がこのような形で露見することになった。

 

 彼らの想定は正しかったと言えるが、彼らの行いは信じられないくらいに間違っている。

 

 

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