ここまでの無害化工作を振り返ると、オウム関与フレーミングの前に事故工作があった。この意味は実際に大きく、その工作のために交通課が利用されていた。実際に、不必要な交通規制を敷かなければ、あのような状態にはならなかった。

 

それが不必要だと理解できたのは、自分が事故を避けて信号のある交差点までたどり着けたからである。もし事故に遭っていたら、そのようなことも分からないまま死んでいたかも知れない。

 

 その現場で動員されていた警官は工作自体を理解していなかったと思うが、彼らを動員できたのはかなりランクの高い職員が全体の現場指揮を行っていたからである。基本的には自分に対する工作には公安が動員されており、それに加えて、状況に応じていろんな部署の警官が動員されている。

 

 ただし、他の部署の警官を動員するのは簡単ではなく、地元の警察の公安のトップである警備部長は交通部の職員を簡単には動員できない。しかし、現場指揮官が警備部長でなく、更に上位のランクであれば、この2つの組織を問題なく動員できる。

 

 つまり、現場指揮を担っていたのは県警本部長だったとほぼ断言できる。それは彼がオウム事件の際の警察庁警備局公安二課長だったからである。彼が来てから事故工作も起こっており、彼が来てからその他のオウム逃亡犯の工作も始まっている。そして、彼は全ての人員を動員できるだけでなく、全ての秘匿された裏工作を知れるラインに属していた。

 

 ただし、実際に自分がオウム逃亡犯と働き出すのは彼が県警本部長を外れてからである。これ自体もよくできていると思う。その時の県警本部長は警察プロパーの人間ではなく、違う省庁から来た人間であった。それでも警察全体の指揮はできると思うが、公安の詳細に関わることはほぼ不可能だろう。

 

 つまり、公安が何をしているか分からない人間を次のトップに持ってきており、そうすれば、その前の県警本部長が関わっていた事実を秘匿できるだけでなく、公安が完全に分からない形で裏工作できることも意味している。

 

 これは重要であり、本来ならば、逃亡犯があのような形で出頭すると自分はずっとその関与を疑われるはずであり、その一緒に働き出したタイミングでは彼は本部長ではなかったので自らの関与も否定できる。

 

しかし、実際にはこのフレーミングが大きく失敗し、すぐに自分の無実が証明されたために、今度はどうしてあのような形で一緒に働くことになったのかが問われるようになった。そこから更なる事実が積み上がっていくと、今度はこの本部長の関与が否定できないものになった。

 

 彼は、間違いなく、深く自分に対する工作に関わっている。それは今でも変わらず、現在時点における拷問等の工作においても彼は深く関わっている。彼は大きな犯罪を抱えた人物であるが、それでも当時の現場責任者に過ぎず、全ての工作を計画した人物とこれらの工作を決裁した人物は別にいる。

 

 

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