1990年代も電波操作を受けていたが、当時はその存在すら気付いていなかった。実際に、自分が電波操作を理解するのは2013年であり、それまではそんなオカルトな話を思いつきもしなかった。

 

それでも、その頃の電波操作の症状は覚えており、この1996-97年辺りから原因不明の頭痛に悩まされるようになった。病院で調べて貰ったが理由は分からず、それ以外の治療法もいろいろ試したが頭痛は止まらなかった。

 

これがいつ消えたかは分からないが、自分が日本を離れた1999年にはそんな症状はなかった。つまり、これは公安の工作であった。

 

また、今でも電波工作の結果として同じような頭痛が毎日ある。この痛みが電波操作によって生み出されていることは知っており、今では頭を冷やし続けているので、頭痛による日々の影響は極端に小さくなっている。

 

幽霊の工作が行われたのも全く同じ頃である。これもオウムのテロリストに繋げる工作の一環だったのかも知れないが、幽霊を信じさせるのを失敗したため、オウム工作の最終ゴーサインが出たのかも知れない。

 

とは言え、この声が聞こえる工作がなければ、自分はオウム逃亡犯がいる職場で働き出さない。自分は1997年春からそこで働き出したが、それはマニピュレートされたからである。

 

この事実は更に重要なことを意味しており、その逃亡犯は1996年末から関西に来て、そこで働き出しているが、それも電波操作されていた可能性が高い。その決断が電波工作の結果でなかったとしても、彼は間違いなく電波操作されている。

 

問題はどうやって電波工作したかであるが、彼らはまどろみの時間を利用したのではないかと疑っている。実際にはデルタ波やシータ波を照射すると、まどろみの状態を維持できる。その時間であれば理性のフィルターがちゃんとは機能しないため、電波で囁かれても、それが他人の声だとは分からない。

 

当時は識別できない声はまだなかったのではないかと疑っているが、まどろみの時間であれば、誰の声かが分かっても正しく認識でないために、対象者を簡単に操作できる。

 

あるいは、当時から聞こえない声というものは存在し、それが内なる声のように聞こえていた可能性はある。その場合はかなりの長期間に亘って工作を行い、自分をオウム逃亡犯の職場で働かせたことになる。

 

今思い返してみると、筋肉労働のバイトにしようと決めるまでに1ヶ月くらい掛かっていたかも知れない。その頃はお金が不足することの恐怖感をとても強く感じており、勉強をしたかったものの、どうしても効率的な職場を探す必要があった。

 

自分がオウム逃亡犯と一緒に働く過程で電波洗脳されていたのは確実であるが、それは当時の現場責任者と本庁にいた担当の裏理事官は確実に電波操作を理解していたことを意味している。それは1997年春の裏理事官と現場責任者ではなく、1996年半ばの裏理事官と県警本部長を指している。

 

もちろん、実際の電波工作は現場の人材が行っており、電波操作技術を持った警官が関わっていたのは間違いないが、それでも、これらの工作の中心にいたのは常に公安畑のキャリア官僚である。だからこそ、オウム逃亡犯という大物の工作が自分に対してセットアップされた。

 

 

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