その前のバイト時に、違うオウム逃亡犯の友達だったと言った人がいた。1996年の極一時期だけ一緒に働いていて、そんなに長くはいなかったが、確かにそう言った人がいた。

 

 彼女は女性の逃亡犯の友達で高校の同級生だと言っていた。その高校生の頃はそんなことをする子に見えなかったと言っていたが、おそらく本当の話だと思う。ここまでスパイや公安や探偵に絡まれていると何が真実か分からなくなるが、同級生だという嘘をつくのは複雑だと思う。

 

 と言うのも、自分は他にもこの逃亡犯の高校の同級生を知っており、そのような嘘の付き方をするとカバーが露見してしまうからである。

 

 これが1996年のいつかは思い出せないが、後半ではなく前半だと思う。そして、この時期は重要な意味を持つ。関西にいたオウム逃亡犯が逃げて来るのは1996年末であるが、それに対して、自分がこの女性と一緒に働いていたのは1996年前半からである。

 

 この2つの事象は独立したものではなく、両方とも自分をオウムのテロに繋げるための工作である。自分をオウムに嵌めようとする工作は1996年前半に始まっており、それは自分が彼らの事故工作を何度も逃れたからでもある。

 

一方で、このような工作が行われたのは1996年前半までにこの2人の逃亡先を警察が把握していたからである。より正確に言うと、公安はこの2人の所在を正確に把握しており、また逃亡を幇助していた。そして、彼が出頭するのは2011年であり、彼女が捕まるのが2012年であり、そこまでの16年以上に亘り、公安は彼らを泳がせていた。

 

自分が警察の完全監視下にある対象者で、その人間がオウム逃亡犯と一緒に働いていたんだから、警察が知らないはずがない。自分の周りにいた人間の身辺調査は確実に行っているはずであり、彼らが知らないと言うことは絶対にない。それよりも、彼らは逃亡犯の状況を知った上で自分を彼に近づけた。

 

自分がオウム逃亡犯と一緒に働くのは1997年春以降であるが、自分を嵌める工作はこのように1996年前半から準備されている。このタイミングは重要であり、と言うのも、1996年に公安のラインにいた人間がこの工作の計画立案を担っているからである。

 

それ以外にも実は自分を嵌める工作はあった。自分の家には今でもオウムの漫画が一冊あるが、それは学校の部室に山積みしてあり、興味をそそったので持ち帰ったものである。興味をそそったのはどうして彼らがあんな犯罪を起こすことになったかに興味があったかと言う意味であって、彼らの主張には何の魅力も感じていない。この話は1995年後半から96年前半の話だと思う。

 

ともかく、その部屋は鍵を掛けられるものの簡単に出入りできる場所でもあったので、誰が持ち込んだかは分からない。当時もどうしてそんなのがあるのかは分からなかった。みんなにとって謎であったが、話のネタになりそうだったので多くの人が持って帰り、自分のその中の1人である。そこにはオウム信者はいなかったが、左翼過激派のスパイは出入りしていた。

 

 

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