大学に入学したのは1992年だが、自分の大学には中核派の拠点があった。普通に生活している分には彼らを見かけることはほとんどなかったが、当時の学校にはまだバリケートがあり、彼らの存在は明らかだった。

 

 それだけでなく、そもそも学校の施設の一部は彼らの中心拠点の1つと利用されており、また、自分が入学する前年には彼らは大学の学長室の占拠までやっていた。その占拠は最終的に機動隊が突入し解除された。90年代当時において、そこまで左翼過激派の活動があるのは稀であり、今ではもっと稀になっているが、一部の拠点学校では当時はまだ彼らの勢力があった。

 

 彼らに直接的に勧誘されたのは一度だけで後にも先にもない。それは大学に合格してから最初に学校に行った日だった。何の受付だったのかは思い出せないが、列に並んでいると中核派が自分のところに来て勧誘し出した。

 

 自分は左翼には慣れていたので普通に会話をしていたが、それでもかなり長時間、ずっと過激派と喋っていた。結局、そこは受付の列であり、どういう理由で動かなかったのかは分からないが、ずっと前に進めなかった。実際にその機会を利用して多くのサークルがそこで勧誘活動を行っていた。もちろん、それは普通の活動を行っているところであり、過激派がうじゃうじゃいたのではない。

 

 自分は左翼には慣れているものの、そもそも彼らの考え方には反対であり、彼らの仲間になる気もなければ、彼らの考え方に賛同する気もなかった。それでも、彼がその立場の違いに理解を示す感じはなく、ずっとそこを離れないので、最終的に腹が立ってきて追い返した。

 

 ここまでに書いてきたような拷問が起こる前やスパイの工作に気付くまでは、ずっと偶々そういうことが起こったと思っていた。左翼過激派が学校にいるのは周知であり、偶々、自分のところに来て勧誘したと思っていた。

 

 しかし、よく思い返してみると、その彼は自分のところに真っ直ぐ向かって来て勧誘をし、そこに10分近く留まった後、そのまま、また真っ直ぐ列から離れていった。つまり、彼は自分だけを勧誘していた。

 

 それが意味しているのは、彼らは自分が誰かを知っていただけでなく、どんな見掛けかまで知っていたということである。つまり、彼らの何らかの調査網に自分が入り、彼らは自分を仲間に勧誘できると思ったのである。

 

 そこにはいろいろな問題があるが、いずれにせよ、何らかの経路で自分の情報が彼らのところに流れており、その結果として初日から彼らは自分を勧誘していた。そこに至るまでの経路全てが問題の本質になる。

 

 

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