自分は彼らが洗脳し難い対象であり、だからこそまだ生きているが、それでも何度も繰り返しギリギリのところまで追い込まれている。これは同時にもっと簡単に洗脳される人も多くいることを意味している。

 

 電波は脳に直接的に声を送り届けられるが、それを神聖なものや悪魔と認識すると、その声だけで洗脳ができる。これが一番簡単なモードであるが、これに同時に直感を含むいろんな感情操作を加える。

 

これらの電波操作を組み合わせるだけでも簡単に犯罪者を作り上げられ、また実際に大量殺人がこの工作の結果として生み出されている。

 

 実際に声が聞こえなくても、内なる声のように聞こえる電波操作もある。この場合には2つの意味があり、1つは電波によるはっきりした声を外的なものだと認識できる人でも、内なる声を判別することができない場合が多く、その結果としていろんな局面で洗脳されることになる。

 

 もう1つの意味としては、これはあくまでも内なる声の1つであるため、必ずしも、完全な洗脳はできない。人間の行動は直感的な内なる声に決定的に決められることはないため、その声からは逃れられる。

 

もちろん、これに直感を含めた感情操作が同時的に行われるため、内なる声でも洗脳自体は十分に可能である。とは言え、洗脳の確度が落ちるため、こちらのタイプの方が洗脳自体は難しい。

 

 一方で、単純な行為であれば、もっと簡単に洗脳できる。例えば、晩ご飯に何を食べるかの選択において、和食を選択させるのは簡単である。そのような思考を電波で送り、少しだけポジティブを操作すれば簡単に行動が操作できる。

 

 それは和食を食べるという選択肢に抵抗がないためであり、たとえ電波操作されていたとしても、誰がそのアイデアを考えたかを追及する必要もなければ、そんな気も起こらない。電波操作されていると知っていてもこの状態であるため、操作されていると知らなければ、もっと簡単に対象者の行動は制御できる。

 

 電波操作を精神力で押し止めるのはほぼ不可能であり、電波工作の対象者となり、毎日24時間の工作を受けると生きるのすら難しい。日本国内でフルタイムの対象者になっているのは100人もいないと思うが、それでも、時々対象者になっている人はもっと多いと思う。

 

 問題はどうやってそのような操作を避けるかである。実際問題として、電波操作が禁止されたとしても、これがなくなることもなければ、今後も頻繁に悪用されるだろう。人類はこれからの将来において、常に電波装置に操作される可能性がある。

 

 それを前提に考えると、重要になるのは法的価値観である。つまり、法律を守ることである。

 

法律を守ることと良い行いをすることは全く違うものであり、自分が正しいと思っていることもでも法に触れるものは沢山ある。その場合において、法律を優先すれば問題は起こらない。この法律を守るという感覚を持てば、電波操作によって犯罪者になる可能性は極端に低下する。

 

 それでも、腕のある電波工作者が工作を行うと、自分の倫理観と遵法精神のギリギリの問題を攻めてくる。そこを破られてしまうと、どんな人でも犯罪者に落とされる可能性がある。工作者がそのような違法行為に嵌めるのは、それが対象者のアセット化か無害化に繋がるからである。