北海道を離れ、久しぶりに香港に戻ってきた。2012年の春に香港を離れてから、その秋とこの翌年の晩夏と定期的に香港には帰ってきていたが、今回は荷物を引き揚げるために戻ってきており、これが最後になった。

 

 自分の住んでいたいあの部屋では暗殺未遂があり、拷問があり、いろんなことがあったため、そこで再び暮らせるとは全く思っていなかった。しかし、将来の方向性が全く決まらなかったため、荷物はずっとそこに置いてあった。それを引き揚げれば、香港に戻ってくる理由はなくなった。

 

 この時点では引っ越す場所は決めていた。ただし、長期の住居はまだ決めておらず、数ヶ月間はマンスリーマンションに滞在し、その間に拷問が終わるかどうか様子を見るつもりだった。そこで、荷物は全て倉庫に入れようと考えており、それが可能な日本の業者を調べ、彼らに見積もりを出して貰い、その中から最終的に業者を選んだ。

 

 香港に長居するつもりはなく、引っ越しが終わればすぐに離れる予定にしていたが、引っ越しの予定が2週間ほど先になり、想定外に香港にいることになった。次の家や、フライトチケットや、その他諸々の必要な処理は2日ほどで終わり、後は何もすることがなく、ただ業者が来るのを待つだけであった。

 

 最早、誰とも会う気はなく、会ったところでCIAと中国の諜報機関の介入があるのは分かりきっており、そんなことをしても意味があるとは思えなかった。自分は全く何もする気はなく、ただ何もせず、静かに香港の最後の時間を過ごそうと思った。

 

 香港に戻った当初はそれでも街中を歩くこともあった。暗殺にも拷問にも慣れており、恐怖で怯えることはかなり減った。そして、実際に、街中で明らかに命を狙われるようなことはなかった。

 

そんな中である小さな路地を通り抜けていると、自分の知っている日本人を見かけた。彼に関する話は頭の中では何度もしたが、口に出したことは一度もなかった。その人は警察の捜査に関わっていたのではなく、全く別の事象の解決の糸口として何度も名前を挙げていた。

 

 彼はわざわざ日本から連れて来られ、その細い路地を歩かされていた。それを見た時に、少なくとも電波操作が真実であることだけは確信できた。電波が目に見えることはなく、また、それは存在しないというマニピュレーションまで加えられるため、いつも何が真実か分からなくなってしまう。ただし、このように自分の脳内を読まない限り起こらないことが存在すると、それは電波が存在することを証明した。

 

それだけでなく、良い意味でも悪い意味でも、多くの人が政府に協力させられているのが分かった。

 

 

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