ゴールデンウィークも終わり、体調も少し回復してからはより広範囲に移動するようになった。道東に留まっている時間は短くなり、北海道内のいろんなところを移動するようになった。自分でも理由は分からないが、どこかにずっと留まるよりもいろんなところに行ってみたいと思っていた。

 

 そうなると、いろんなホテルに泊まることになるが、ほとんど、どこに行っても上の部屋からノイズが聞こえてきた。上の部屋がない場合は外から音が漏れ出してきた。もちろん、本来的にそこにあるノイズもあったはずだが、どこからが意図的に作られたノイズかを区別することは不可能だった。

 

このような音を避けるために、北海道でも一時期は全く予約せず、飛び込みだけで泊まる場所を決めていた。それでも結果は何をしても同じで、どこでもノイズが聞こえた。

 

 結局、自分は常に電波操作されており、公安もスパイも自分の行動を簡単に制御できた。また、その電波工作を行っているのが警察であるため、たとえ自分が場所をうまく選び切れたとしても、自分の後にその場所に行っても簡単に工作の準備ができた。その徹底的な警察とスパイの工作に抵抗するのは無駄であり、そのうち抗うことを諦めた。

 

 ガスライティングもどこへ行っても行われた。それが道の駅であっても、それが小さな繁華街であっても、どこに行ってもいろんな種類の人に絡まれた。基本的には探偵が工作を行っていたが、警官やスパイが実行する場合やその他の公的機関の人たちが実施する場合や、あるいは、ヤクザがいることも頻繁にあった。それ以外の普通の人たちがガスライティングを担うことも依然としてあった。

 

 また、自分が車で移動していたため、車による嫌がらせは頻繁にあった。ただし、彼らの事故を誘発する工作はほぼ無効化されていた。それは自分が極端な安全運転をしていたからであった。

 

イライラさせられて対抗的に危険運転に及ぶことはほぼなく、それが如何に危険な行為で、それが彼らの工作の目的であることを理解していた。それは過去にそのような状況に嵌ったことが何度もあり、それが過去の警察やスパイの工作であり、それを十分に学習した成果でもあった。

 

当時は、工作を受けて精神的に不安定になれば、逆に極端に遅く走った。どれだけ遅く走っても一般道では交通違反にならないため、その方法で自分の感情を爆発させて、事故が起こらないように制御していた。

 

 とは言え、どこに行ってもどれだけ走っても、自分の逃げ場は一切なかった。常に自分を追い込もうとする人たちがそこで待ち構えていた。ただ、それぞれの地元の人たちが敵対的ではなかったのが、せめてもの救いであった。

 

 

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