ドラッグ漬けは脅威であったが、1-2週間程度、徹底的に潰された後に、一度、小康状態になった。もちろん、それでもドラッグは頻繁に入れられていたが、脳が完全に非正常になることは減り、普通に生活が送れるようになってきた。また、普通に外に出られるようにもなった。

 

 ただし、その最初の日は20分くらい車で走って倒れそうになった。頭痛がひどくなり、これ以上は走れないと思った。その頭痛が電波操作の結果であることはすぐに分かったが、どうやって対処すれば良いかは分からなかった。それは痺れるような頭痛と気を失いそうになる感覚であり、このまま走ると自分は間違いなく事故を起こすと思った。仕方がないので遠出することは諦めて、ホテルに戻ることにした。

 

 人間は痛みには慣れるもので、そのうち頭痛が出ても普通に運転できるようになり、少しずつ車で走る距離を長くしていたが、その次は感情が極端に操作されるようになった。

 

 とにかく切れた。電波操作で攻撃性が高められており、その結果として切れていることはこの時点ではもう気付いていたが、それでも自分の感情は制御できなかった。この感情の興奮が危険運転に繋がる恐れがあり、イライラさせられると怒りに任せて車を飛ばすことがあった。

 

 そこにはドラッグの影響もあったかもしれない。どの日にどれくらいのドラッグが入れられたかは自分には全く分からなかったが、その影響で行動に多少の影響が出ることが依然としてあった。これらの結果として、突然、危険な行動を取ることがあり、それが運転中に起こると危ないと感じていた。

 

 自分は過去にも同じようなことを経験しており、これを続けると大事故を起こす可能性があることを知っていた。そういう危険運転を導いて事故に嵌めるような工作を1990年代から受けていたことにこの時点では既に気付いており、感情をそのまま放置していると危険なことは重々理解していた。

 

また、警察の工作が手の込んでいることは北海道に来てからも経験しており、反射神経だけに頼りにしていると、いつかそれを逸脱する時があるだろうと思った。

 

 いろいろ考えた結果、超安全運転で対抗することにした。電波操作で攻撃性を高められ切れそうになると極端に遅く走り、そういう形で感情を爆発させた。あまりにも遅く走るため、誰も自分の車には近づかないようになり、自分の攻撃性は合法の中で満たされつつ、事故の可能性は大幅に低下した。

 

 

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