与那国でのダイビングではアメリカ人とも一緒に潜った。彼はスパイだと思うが、違うかも知れない。少なくとも、米軍のコントラクターと言っており、休暇で与那国島にまで来たと言っていた。

 

米軍のコントラクターの場合、沖縄向けの直行便があり、それに乗れば嘉手納から日本には入れる。沖縄には海外からの直行便が増えているが、当時はそれほど国際線がなく、毎日あるのは香港便だけで、上海便が週に何度かあった。また、台湾便は事故の影響でまだ休止していた頃かも知れない。

 

今では国際線はもっと増えており、香港、中国、韓国、台湾から直接来られるが、その選択肢であってもアメリカから沖縄に行くのは結構大変になる。基本的にはアメリカから関空に行き、そこから石垣便に乗り、与那国行きに乗るのが当時の最短の方法であったが、それでもスムーズに乗り継げるとは限らないため、与那国に行くのは大変であった。

 

沖縄本島から与那国に行くのも大変であるが、乗り継ぎは簡単にできるため、沖縄にいれば、遠くにあり時間は掛かるものの、それほど大変と言うことでもない。朝に出れば、昼には与那国に着く。

 

ともかく、その人物はCIAだと思うが、それは素性がはっきりしなかったせいでもある。どんな仕事をしているかを聞いたが、その内容はわざわざアメリカから来るようなことではなく、日本の企業が得意としている分野のコンサルタントをしており、身分を偽っているのかと思った。

 

アメリカが自分をトラックしていたのは前から気付いていた。それにはいろいろ理由があるが、その1つに自分が書いているものに対して、米軍が時々アクセスしていたからである。今は何も気にしなくなったので、誰がどのように見ているかは調べないが、当時はどんな人が読むのか興味があり、日々の何割かは霞ヶ関からのアクセスで、香港から読んでいる人たちもおり、時々、永田町の議員会館からの閲覧もあった。

 

そういう状況であったため、米軍のコントラクターはアメリカ政府の人間であり、CIAだとは思ったが、純粋に米軍の関係者でもおかしくないと思った。いずれにせよ、自分を監視するためにそこにいるのは分かっており、また、船の中にいた大部分の人が、彼と自分はそこでコンタクトするためにいると思っていた可能性が高く、実際にそのような雰囲気があった。

 

自分は彼に深く監視されることはなかったが、それよりも、船の中で誰とコンタクトするかをチェックしていたと思う。それ以上に、公安の職員は彼が誰かをとても気にしていた。特に二人で英語を喋っている時間が長かったせいもあり、周りの人は何の会話がなされているのか分からないことが多く、そのせいもあって、よりナーバスになっていたのかも知れない。

 

そのスパイが自分を深く監視しなかったのは、彼の仕事が船の上だけだったからだと思う。つまり、自分の宿近辺での行動はヨーロッパのスパイが担当しており、完全に役割分担がなされていたと思う。

 

彼らはお互いに知らないし、お互いに会話もしていなかったが、どこかの階層でそれらの情報が集められ、自分に対する工作の補助とされていたはずである。このように協業を行うことによって、ファイブアイズは機能している。そして、実際には、公安もこの共同オペレーションに加わっていた。

 

 

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