2012年末になり、インドネシアを離れて、もう一度日本に帰ってきた。ただ、実家に帰っても不必要な工作がまた続くだけなので、今回は移動を続けようと思った。インドネシアでは島を移動しており、日本に帰ってからも島を移動することにした。それが純粋な延長線上にあり、自然の成り行きのように感じていた。

 

そして、南西諸島をもう少し知りたいと思っていた。沖縄には頻繁に行っていたが、奄美のことを何も分かっておらず、少し、勉強する必要があると感じていた。当時の自分の状況はスパイに追い回され、その現実から逃れるので必死であったが、ただ逃げ回るだけでなく、何とか自分の生活を意味のあるものにしたいと思っていた。

 

いろいろ考えた結果、奄美大島に行くことにした。南西諸島を北から入り、南に向かって進む計画を立てた。そして、インドネシアから関空に入り、そこからバスで大阪空港へと向かった。大阪の中心部を走り抜け、ノスタルジーも感じたが、結局、大阪には数時間滞在しただけであった。

 

関西空港に至るまではスパイが沢山いたが、大阪空港に着いてからは警官がいっぱいになった。日本に帰ってきてから工作の主体が代わり、警察がメインを引き受けるようであった。

 

今までも警官は回りに沢山いたので慣れていたが、今回は同時に探偵もいっぱいいた。今までは警察と探偵が共同オペレーションをしているところをはっきりと見せることはなかったが、この時期から、彼らの工作は常に共同で行われるようになった。大阪空港に着いた時点では警察と探偵が一緒にいるところまではすぐ分かったが、それからしばらくして、彼らが、最早、裏工作を放棄したことに気付く。

 

飛行機で大島に着いてすぐに、何となく、どうしてこのような変化があったのか分かった気がした。空港から街まで行くバスに乗り、暗くなりつつある景色を眺めていると、そこにある景色は間違いなく日本だった。ずっと住んでいた香港島の雰囲気とも異なり、その直前にいた赤道直下の島々とも全く違った。

 

そして、欧米人のスパイがほぼ隠れられる環境にないことが分かった。インドネシアではまだ観光地にいたこともあって、スパイではない欧米人も、アセットではないが協力者になるような人たちもいたが、大島でその姿を隠すのはほぼ無理だった。

 

また、自分が奄美に行ったのは2012年末であり、冬は観光シーズンではないため、旅行者も少なく、島外から来る人はすぐに目に付いた。奄美大島は大きな島であるが、それでも島外の人は目立ち、日本人の旅行者でもすぐに判別できた。結局、ここからの工作は海外のスパイには無理であり、警察と島外から送り込まれる探偵が工作の中心になるだろうとすぐに分かった。

 

 

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