スパイは対人工作を行うために、基本的に何でも利用し、家族もその利用する対象になる。東南アジアにはいろんな国のスパイがいたが、彼らは対象者を精神的に追い込むためであれば、ほぼ見境なく何でも利用していた。

 

自分のいる部屋の前に子供をずっと留まらせ、悪口を言わせていたりもした。この方法が優れているのは、工作対象者は子供に対して文句すら言えず、ただ被害を受けるだけになる点である。もし、手をあげてしまうと、その人物は犯罪者になるか、社会的な信用を大きく毀損することになる。

 

ただし、子供の利用は明らかに子供にとっては害でしかない。そのような子供の工作への利用は東南アジア以外でもあったが、最初は子供のことを心配していたが、そのうち諦めるようになった。

 

子供の善悪の観念は依然として確立されていない。何が正しくて、何が間違っているかは人生を通して確立され、生まれ持っている感覚には限度がある。そのため、子供のいじめは時として大人が考える以上にひどく陰湿になったりする。

 

工作活動に子供を利用する時、その子供は何をしているか大体知っている。今までに工作に利用された子供を何百人も見たが、半分以上は何らかの工作を行っていることを知っている。その意味が何かは知らなくても、具体的に何をしているかを分からなくても、彼らが親や大人から指示されている内容に他人に対する嫌がらせが含まれているのを知っている。それはその指示を受ける段階で感覚的に理解できるからである。

 

中には極端に悪い目つきになっており、完全に自覚的に嫌がらせを嬉々として行っている子供もいる。相手が子供であるために、その行動がどれほどあからさまであっても、自分は一切の批判も攻撃もできない。大人が同じことをすると、違法ではない範囲でどのような対抗ができるか考えるが、相手が子供であると自分は何をしても悪者になってしまう。

 

それが分かっているために、彼らは子供を利用しているが、子供はそれが相手の嫌がる行為であることを知っている場合が多く、親がそれを命じた場合は、それが人生の中で必要な行為だと認識される。そして、それは歪んだ善悪観になり、最終的に、大人になった後に社会的に許容されない行動として結実する。

 

日本の警察や公共機関もガスライティングに子供を利用していたが、それは自分の理解の範囲を超えている。彼らが自らの権益のために将来の危険を作りたかったとしても、それは許容されない。子供がおかしくなるのは明らかであり、そのために何度も止めるように言ったが、おかしなスパイを止めるのは不可能であった。警察もその懸念をあざ笑うかのように無視しており、そのうち、自分には関係ないと諦めるようになった。

 

 

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