ガスライティングもスパイの1つの手法である。対象者を落とすためには相手を持ち上げることもあるが、それが駄目なら精神的にダメージを与える。それはグッドコップとバッドコップの背景にある考え方であるが、ガスライティングはそれをより幅広いレベルで実施したものと言える。

 

街を歩いていると、突然、脅迫されたりする。それがガスライティングである。通りすがりに自分に聞こえる程度に脅迫されることから、ヤクザや半グレを動員して直接的に脅されるところまである。ただし、直接的な脅迫はガスライティングの枠組みであったとしても十分に犯罪になる。

 

これが通りすがりに言うだけであれば、意図的であっても犯罪行為にならない可能性がある。この偶然を装うのが基本的なガスライティングである。そして、多くの場合、脅迫に至らなくても十分に精神的負担を感じる。例えば、監視していると仄めかされるだけでも、不安感を感じてしまう。一般的に、ガスライティングはこちらの方が多い。

 

近在の人に目に見えるようにヒソヒソ話をされるだけでも耐え難いものである。これは悪意のある誰かによって引き起こされる場合もあるが、警察やスパイが偽防犯情報を流すだけでも周りからの扱いがひどくなり、生き難くなる場合がある。

 

ガスライティングは基本的に無視すべきであるが、逃げる必要がある場合は逃げた方が良い。とは言え、ある程度のラインを越えると無視すれば良いという問題でなくなる。工作がエスカレートするいずれかの段階で対象者は精神的におかしくなる可能性がある。その後の方向性は2つあり、精神的に参ってしまい何もできなくなるか、逆にコミュニティの中で暴れるかである。

 

 精神的に耗弱すると、それだけで被害妄想が拡大することがある。それはガスライティングがなくても発症する。ここにガスライティングの怖さがあり、現実の被害と被害妄想の区別を付けるのがとても難しい。結果として、被害者はより周りからの理解を失い、精神的に壊れやすくなる。

 

スパイはこれを放置するか、あるいはグッドコップとして登場する。信頼関係を築き、それが依存関係にまで至れば対象者は諜報機関のアセットになってしまう。この方法論において、ガスライティングがバッドコップの役割を担っており、そのスパイがグッドコップの役割を担っている。これもシステムであり、1つの手法である。

 

ガスライティングも偶然に行われることはなく、何らかの最終的な目標が最初からある。諜報機関がこの工作を行う場合はアセット化が最終目標の可能性が高いが、もちろん、対象者を社会的に抹殺する一環として、この工作が行われる場合もある。ただし、探偵がガスライティングを引き受けて行う場合、単なる嫌がらせのためだけで行われているかも知れない。

 

 

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