香港に戻ったのはシンガポールにトランジットするためであったが、香港で業界の人に会い、次へのコネクションとポジションを確保する必要もあった。そのミーティングの一部は香港に戻ってくる前にセットアップしており、人に会うと更にミーティングの機会が拡がり、とりあえず、いろんな人にあって情報を集めていた。そして、見聞を拡げる中で先に何ができるか考えようと思っていた。

 

それらのミーティングの中で日本でのインサイダー取引の話を散々に聞かされたことがあった。もう2012年11月になっており、日本のインサイダー調査はほぼ終結していたにも関わらず、スパイの一部はそこでインサイダー取引の話をする必要性を感じていた。

 

と言うのも、自分の周りで話をすれば、もっと違う経路を辿って決定権者に伝わる可能性があった。つまり、その話をセットアップしたCIAオフィサーは日本でのインサイダー取引の捜査結果に納得がいっておらず、あまりにもひどい違法行為が存在するのに、彼らが捕まらないことが不満だったのだろう。

 

この話自体を仕掛けたオフィサーと直接喋っているわけではないので、その真意は確実には測れないが、少なくとも、想像絶するほどひどい違法株式取引が日本で行われていた。そして、CIAが彼らを捕まえたくても捕まえられないということは、彼らがCIAのスパイであることも分かった。

 

つまり、CIAの違うラインに守られていて彼らは捕まらないが、それに納得が行かないため、彼らの悪行をひたすらぶちまけているようであった。そして、CIAの中にもライン間に軋轢があり、一枚岩ではないことが良く分かった。

 

それ以外にもいろんなミーティングがあり、直接的にスパイと話すこともあった。その人とはそれまでに会ったことがなく、向こうからアポイントメントを取ってきたが、完全に業界の人ではなく、自分のスパイの友達の話をしていたので、彼がスパイであることは間違いなかった。

 

そうかと思えば、完全に怯えている人たちもいた。誰が脅したかは知らないが、一部は、無理矢理、CIAに協力させられていたのは分かった。そういう時は彼らが自分に対する心理的な圧迫や遠隔尋問に協力していることが多く、その時もそうだった。ただし、自分の友達がやむを得ずそのようなことをしている場合は、誰も見えなくなってから謝る人たちがいた。

 

そんな風にいろんな人と会いながら、着々と次のステップの準備をしていた。一方で、諜報機関は自分を香港に残させたかったのかも知れない。と言うのも、香港での仕事のあては多数あったが、シンガポールでの仕事はなく、ポジションが空いたら連絡すると言われることが多かった。

 

どうして、彼らが香港を選好したのかは分からないが、自分をアセット化するのであれば香港の方がやり易いと感じていたからかも知れない。あるいは、香港の方が中国とアメリカにとってよりニュートラルゾーンに見えたのかも知れない。

 

 

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