当然の結果かも知れないが、香港に戻るとすぐに拷問は再開された。日本でも拷問はあったが、電波による拷問は依然として秘匿された状態であったため自殺感情を高めるような形でしか拷問としては利用されていかなかった。それ以外にも虫を使ったものもあり、睡眠を奪うものもあったが、この時点では香港での拷問とは比べものにならなかった。

 

香港に戻ると以前の状況に戻り、いつものように上の部屋から同じノイズが流れてきた。ビープ音がずっと鳴り響き、水の流れる音が永遠と続いた。日本にいる時も普通に寝られる日はなかったが、香港ではあからさまな拷問が続いた。

 

翌日になると、家の前の道路工事が一年も経ったにも関わらず、前と同じように騒音を出し始めた。それだけでなく、今度は向かいのマンションも取り壊され始めていた。以前は下から音が響いていたが、今度はほぼ同じ高さの道を挟んだ向かい側からコンクリートを砕く音が聞こえた。

 

状況は何一つ変わっていなかった。何としても自分を潰そうとする攻勢が続いていた。

 

また、拷問ではないかもしれないが、冷蔵庫は虫だらけだった。いつの間にか電気は切られており、冷蔵庫の中にはほとんど何もなかったが、それでもその少しの腐ったものと何万もの虫がうごめいていた。

 

しかし、その翌日には、虫はほぼ死滅していた。電気が入ったために、冷凍庫が凍り、その張り付いた氷の中で虫が大量に埋まっていた。冷蔵庫のパーツをはがし、そこから氷を砕くと同時に虫を処理していたが、数時間掛けたところで不可能であることに気付き、新しい冷蔵庫を買うことに決めた。

 

外に出ると、相変わらず、多くの監視が付いてきた。実家にいる時は家の周りでは目立ちすぎるため街に出るまで尾行はできなかったが、ここでは状況が違った。香港の家が街中にあったせいもあるが、それは関係なく、あからさまな監視が付いていた。それでも、その生活にもかなり慣れたせいもあって、恐怖を感じることはなかった。

 

慣れたとは言っても、開けっ放しの部屋の中で、一日中ノイズが鳴り響く中での暮らしがまた始まった。慣れてはいたものの、この先どうなるんだろうという漠然とした不安感があった。

 

 

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