2012年に入ってから金融犯罪に関わっているという疑いを掛けられ、その捜査が1月から始まった。そして、最初に取り上げられたのがAIJであった。ただし、先に言っておくが、自分はAIJの人を知らない。ただし、AIJと自分の両方を知っている人は何百人かいると思うので、元々、それくらいの距離感に存在していたことは間違いない。

 

とは言え、彼のことは全く知らないが、自分が資金集めをしている時にAIJにコンタクトしてくれた人がいた。それは2010年秋のことで、資金の出し先の1つとしてAIJが念頭にあったようで、目の前で電話をしてくれた。その人は会社の名前を言わなかったが、その会社とどのような関係にあるかを教えてくれたので、AIJであることは間違いない。ただし、事件が明らかになるまで、AIJのことは知らなかった。

 

その時は資金を出してくれそうな感じではなく、その後もその会社のことを話す機会はなかった。今から考えるとその時点では資金繰りに困っていたはずので、資金を出す話にならなかったのは当たり前だった。

 

このAIJの問題が大きくなるのは2012年2月である。その月に金融庁に通報があり、それに対してAIJが金融庁に対して運用資産の正確な報告ができず、問題が表面化することになった。そして、最終的に金融犯罪として立件される。

 

ここに大きな問題がある。自分がAIJの話を聞かされたのは2012年1月である。2011年12月から激しい拷問を受けており、1月になっても依然として過酷な拷問を日々受けていた。その時にAIJの人の名前を挙げられ、知っているだろうと何度も言われた。

 

何となく聞き覚えのある名前であったが、自分は全く知らないので、何を聞いているのかその意味すら全く分からず、困惑していた。そのような会話が別々の機会に4-5回ほどあり、その後に、AIJの問題が大々的な事件となって報道された。つまり、金融庁に通報がある2月よりも前の段階で、諜報機関はAIJの運用に問題があることを知っていた。逆に言うと、それこそスパイが問題を事件化した可能性が極めて高い。

 

 1月のこの会話は遠隔尋問の1つであるが、その尋問をした人間はAIJを知っているので、偶々、何度もその名前が出たということはない。それはそのスパイだけでなく、公安もCIAもこの問題を知っていたことを意味している。また、公安だけでなく、警察が全体としてこの拷問と監視と尋問に参加しているため、彼らもこの時点でAIJに問題があったことを知っていた。

 

 問題があったことを知っていたというのは事実としてはかなり大きな意味を持つ。と言うのも、金融庁は通報があった段階ではどんな問題があるかも把握していない。通報があり、運用資産が報告できないという連絡があり、それがどのような問題か明らかになるのは3月以降である。

 

しかし、警察が1月の時点でAIJの問題を持ち出したということは、警察はその時点でどんな問題があるかも把握していたことになる。AIJの問題が出た時点で、自分は彼らの金融スキームがどうなっているかは分かったが、金融庁は実際に自分がどのようなスキームかを説明してから、調査の方向性をより明確に出来ている。それが2月終わりか3月初めのことであるが、警察はそれよりも以前にAIJの運用に問題があることを知っていた。

 

 つまり、どのような仕組みのことが行われているかは分からなかったはずなのに、警察はかなり前からAIJの運用が犯罪であることを知っていた。その事実は、この問題を更に深いものにする。

 

 

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