公安には依然として左翼過激化の影響が残っているが、現役の職員がどれくらい左翼過激化しているかは分からない。現在の警察幹部はほぼ1980年代に大学を卒業しており、それ以降に警察が学生運動をしていた人物を採用している可能性は低い。

 

1980年代までに学生運動自体が下火になったために、警察がその経歴を持つ人物を採用し、公安のアセットである左翼活動家スパイとのコンタクトにしたり左翼対策に回したりする必要性は低下した。それに加え、学生運動をしていない学生が多くなったため、そのような人物を雇わなければならない状態でもなくなった。ただし、そのような学生が全く採用されていないとは言えず、その中に左翼過激化した職員がいる可能性はまだある。

 

このような傾向の人物が警察の幹部からいなくなれば、警察や公安の政治的モチベーションは低下する。つまり、何らかの理想を追求するために暗殺や政治的工作を行う必要性が低下する。しかし、それでも、公安の剥き出しの権力志向は残る。それは国家主義と一体のものであり、自らが国家の決定権を握り、ある種の主権者となることで、彼らの権力は確立される。そこに政治的モチベーションが加われば政治的工作として現れるが、剥き出しの権力欲だけの場合は、政治的モチベーションは公安や警察の活動を制約しようとする人物だけに向けられる。それは必ずしも左翼にだけ向けられるものではなく、公安の組織維持にとって障害になる人物が工作対象者になり、それはそれで問題のある志向である。

 

とは言え、現在の状態は左翼過激化があり、その隠蔽工作が続いているところである。彼らの主力は警察OBとなっており、隠蔽工作には大々的に関わっているが、実際の工作を行うのは彼らの部下だった現在の幹部である。このラインにいる公安の現役幹部は必ずしも左翼過激化していないため、以前のような革命を目指す工作は行われる可能性は低下している。

 

しかし、彼らはその前の世代のレガシーを受け継いでおり、それが北朝鮮との深い関係であったり、左翼過激派シンパと言えるような関係の中に見出される。これらは正される必要があり、警察や公安が外交関係に関わる必要もなければ、左翼過激派の政治的工作を見逃す必要もない。

 

 左翼過激派の政治的工作を見逃すのにはもう1つ理由があり、それは公安の組織維持を図るためである。敵が存在しなければ彼らの必要性が低下するために、彼らの制御できる範囲のテロや暴力活動が起こる必要がある。この役割をずっと左翼過激派が引き受けていたが、これをイスラム過激派やローンウルフテロに置き換えようとする動きがある。

 

実際に、そのような問題が日本でも存在するが、それ以上に、電波操作を使って公安がそのような問題を作っている側面がある。電波操作を行えるのは公安だけでなく、公安のアセットである一部の左翼過激派やCIAにもその能力があり、彼らが共同して新たな敵を作っている側面もある。日本はこれを食い止める必要があるが、少なくとも政治も国民も、諜報機関やそのアセットがこのような問題を独自に作り出す能力があり、実際に行っていることを理解する必要がある。

 

このような問題は左翼過激化とは必ずしも関係がなく、公安の権力維持のために必要となっている。特に、警察幹部の中に権力欲に突き動かされて出世をしてきた人たちがおり、彼らは一定の方向性の政治的工作は行わないものの、日本の社会にとって危険な工作を行ってきた。そして、依然として、そのような工作は依然として行われている。警察幹部や公安幹部の中にどれくらい問題のある職員が残っているかは分からないが、依然として拷問は終わらず、電波工作による多くの被害があり、また政治的工作も散見されるので、問題のある職員がまだ権力を行使できる立場にいることだけは確かである。

 

また、問題はそれだけではない。警察の構造上、警察OBが現役の職員に影響を及ぼせるようになっている。彼らは依然として問題のある政治的工作を行う意思を持っており、彼らを完全に排除しない限り、あるいは彼らが日本の権力に二度と近づけないようにしない限り、日本社会と日本人の安全は担保されない。

 

 

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