公安の内部に政治的に暴走している集団がいるのは間違いないが、90年代の時点では、彼らが公安を完全なコントロール下には置いていなかった。実際に、その時点においても公安の工作に政治的な影響が見えるものの、その影響が消える時期もある。それは彼らが公安の指揮権を握る時期もあれば、抑えられなかった時期もあることを意味している。

 

ただし、裏工作の大部分は支配できていたはずである。90年代半ばまでには政治的なマニピュレーションを行えるほどに電波技術は向上していたが、それが警察全体で共有されていた形跡がない。つまり、この裏工作を行っている部隊の大部分は彼らの支配下にあったと考えられる。

 

しかし、警察全体のコントロールができないと、人事を統制されることによって、彼らの権限が奪われる可能性が十分にあった。それは彼らの歪んだ政治的目標が達成できなくなることを意味しており、そのためには彼らが警察全体を支配下に置く必要があった。実は、その痕跡ははっきりと残っており、それは警察官僚が倒れた事象である。

 

2000年3月9日、当時の佐藤警察庁次長が倒れる。警察庁次長は警察庁の内部序列では2番目であり、その上位には警察庁長官しかいない。そして、その下に重要なポストが3つあり、それは官房長、警備局長、刑事局長である。

 

そのうち、林刑事局長は2000年3月13日に倒れ、そのまま退職する。この時点で、警察のトップ5のうち、2人が倒れたことになる。これらはほぼ電波操作の結果と断定しても構わない。

 

そして、このタイミングは重要な意味を持っている。小渕首相が倒れるのは同じく2000年4月2日である。これは小渕首相が倒れたのが電波による結果だと意味しているだけでなく、同じグループによって電波操作されたことを意味している。つまり、彼を殺したのは警察内部にある1つのグループである。

 

このグループが小渕首相を殺そうとしたのかどうかは分からない。電波操作を行うと想定に反する影響が出る場合があり、特に、電波の影響を受けたために脳梗塞を起こすことがある。それは意図的に脳梗塞を起こせるという意味でもあるが、意図しなくても、電波操作をしようとした結果、想定外に倒れることがある。

 

ただし、それが仮に想定外であったとしても、そのような電波操作が認められるはずはなく、またそのような政治的工作が正しいはずもない。そして、この場合、結果として暗殺を行っており、その責任は電波工作を行った工作者たちにある。

 

また、当時の警察首脳に対する電波攻撃はこれだけでは終わらず、2001年3月下旬に金重警備局長が倒れ、4月下旬に退院するものの、5月15日に辞職する。この時点で、警察トップ5のうち3人が1年で倒れたことになる。これは間違いなく電波操作の結果であるが、少なくとも、偶然に5人中3人が倒れることはほぼない。電波ではなく薬物の可能性もあるかもしれないが、小渕首相が倒れたことを考えると、ほぼ電波と断定しても構わないだろう。

 

これらの警察内部の電波工作の結果、この政治的目標を抱いていた集団は裏工作のチームを支配下に維持しただけでなく、最終的に警察全体もコントロール下に置いた。それ故に、これ以降、彼らの政治工作は更に悪化していく。

 

この全体の流れを考えると、80年代と90年代を通して、彼らが公安内部の裏工作を行う実行部隊を抑える段階があり、そこから90年代後半から00年代に掛けて、公安全体の権力を争う時期があった。そして、最終的に警察全体をコントロール下に置いただけでなく、政治的工作を行い、自らの左翼過激的な政治目標を実現しようとした。

 

実際に、彼らは何度も日本の権力を奪取しようとしている。小渕首相が死んだのはその結果であるが、彼らが首相にどのような電波工作を仕掛けようとしていたかは分からない。最初から暗殺するつもりだったのかもしれないが、少なくとも、この工作の計画者が公の場でその理由を説明しない限り、何があったのかは国民には分からない。また、彼らが実行した政治工作はそれだけでなく、その結果として、多くの人生が狂い、また、失われた。

 

そして、これらの工作が意味することがもう1つある。この2000年時点では、警察のトップも首相も電波工作が存在することを知らなかった可能性が高い。もし知っていれば、その後にこの集団が権力奪取を行うことは不可能である。これらの装置は彼らの内部で秘匿されており、この時点ではそれほど多くの人が工作には関わっていなかったのかもしれない。そのように完全に秘匿された工作であったからこそ、多くの人が倒れていった。

 

 

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