出る杭を打つと言っても、犯罪行為がなければ捕まえられず、その先にある社会的な毀損が達成できない。暗殺はできるかもしれないが、工作は必ず成功するとは限らない。暗殺が何度も失敗すると、それが工作だと気付かなくても対象者はより日常生活のあり方に気を配るようになり、より暗殺が難しくなる。

 

次に考えられる手段がマニピュレーションであり、その結果として、対象者を犯罪者にすることである。犯罪者にできなくても、潜在的な敵であると公安内部で共通認識を醸成できれば、それだけでその対象者の人生をかなり抑制できる。このマニピュレーションには物理的な工作も存在するが、現代的には電波工作だけでも犯罪の誘導を行える。

 

2006年の話になるが、訳も分からず、国会襲撃の計画を練らされているときがあり、今ではそれが電波工作であったことは分かっている。念のためであるが、自分がそこを襲撃したいと思ったことは一度もなく、それはその工作を受けている時もそうである。結果として、国会を襲撃する小説のテーマをずっと考えていた。それは小説であって、実際に襲撃するという話でもないが、そのことについてずっと考えさせられていた。それを考えていたのは、何度も小脳梗塞になった家で、かなりきつく電波工作を受けていた場所でもある。

 

今から振り返ると、彼らは本当に襲撃させたかったのかもしれない。ただ、自分にはその気がなかったので、結局、襲撃する小説の構想にしかならなかった。これをやったのは公安かCIAである。自分はどちらがやったかは知らないが、世の中にはこのような電波工作が存在する。自分が小説のテーマとしてそれを受け止めていたのは、自分の中で襲撃をしたいという衝動がないからであるが、ここには幾つかの問題がある。

 

 1つ目の問題は全ての人がそのような個性の制限を持っているわけではない。実際に、その電波工作は妄想となり、それが脳の中で必要な行動と認識され、実際の行動に移されることがある。その場合においては、多くの人が殺される結果になることもある。

 

 2つ目は実際に多くの被害が出た場合に誰が責任を取るのかという点である。現在においては、犯罪の実行者しかその責任を負っていない。しかし、電波工作を行った人間は共犯者以上の存在である。共同正犯になるかどうかは状況に依存するが、その犯罪に対して責任を負う犯罪者であることには変わりない。

 

3つ目は彼らがその責任から逃れているために、多くの電波操作による犯罪が野放しになっていることである。彼らが電波工作した犯罪は全て未遂に終わるということではない。事前に逮捕することもあるかもしれないが、結局は対象者を社会的に抹殺することに目標があり、そのためには未遂ではなく、実際の被害が存在する方が良い場合もある。

 

 その結果として、警察や公安の必要性が上昇する。彼らにとってどれだけの人が死んだとしても、それは彼らの工作の範囲内であって、必要な死だと認識される。彼らは対象者を落とせるだけでなく、それと同時に自らの権力も強固にできる。

 

 自分の中でこのようなことを考えさせられていたのは2014年にもあった。それは全く別の種類のものであり、その時も実行に移そうという気は一切なかった。その話はまた違う機会で触れる。実際にはこの2014年の工作の方がきつく、当時は自分が電波で操作されているのは分かっていても、かなり自分の感情を抑えるのに苦労をした。

 

逆に言うと、電波工作を受けていると知らない人はその工作によって簡単に危険な妄想が拡大し、それが実際は外的な影響であるにも関わらず、自分の心の中で自発的に生み出されたと思うようになる。

 

実際に日本で起きている事件の中に、このような電波工作が存在する。自分が一人だけがこのような工作の対象になっているはずがない。また、2006年の工作と2014年の工作を比較した際に、明らかに技術的に電波工作による犯罪誘導が高度化しており、それは多くの電波工作を行った結果、犯罪を誘導する習熟度が上がったことを意味している。

 

 

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