自分が警察による拷問を受けていたという以上に、彼らは根本的にもっと大きな問題を抱えている。それは公安が工作活動を行っていることと関わっている。

 

そもそも、公安が対過激派対策として工作活動をしているのは周知であるが、実際にはそれ以上の工作活動を行っている。それは政治的な工作活動を含んでおり、公安は政治の方向性に影響を与えようとしている。それは公安全体がそのような志向性を持っているということでもあるが、同時に、公安の中に更に腐敗したグループが存在し、彼らが工作活動を通して自らの権力を高めようとしている。

 

この工作活動は電波を手に入れることによって更に強化された。今でも電波による公安の工作が行われており、それは政治的に社会的に日本に大きなマイナスの影響を与えている。この問題は電波工作ができるようになって悪化しているが、少なくとも1980年代には公安はこの工作手段を手に入れている。1970年代には既に電波工作能力を手にしていた可能性は高いが、実際のところはどうだったかは分からない。1970年代の日本の電波による工作はCIAだけが行っていたかもしれない。

 

この時期の問題と誰が電波工作に関わっていたかを確定するには難しさがある。もしかすると、一部の左翼過激派も1970年代から電波の工作装置を持っていた可能性がある。その当時、彼らは共産圏の繋がりを持っており、現実的にはソビエトのアセットとしても活動していた。

 

この仕組みは、ある種、共産主義に特殊なところがある。共産主義は中心にコミンテルンがあって、そこからの指令を受ける組織が日本にもあった。つまり、イデオロギーとしての共産主義は普遍的なところがあり、日本国内の独自活動は同時に国際共産主義の日本のセクトを構成していた。

 

この協調的な活動は、その後、それぞれの構成団体間の紛争によって崩壊するが、ソビエトがその代わりになって、世界中の共産主義運動に影響を与える。それは資金的な支援であったり、技術的な支援であったりするもので、その中に左翼過激派を中心として暴力的な革命を目指している集団があり、彼らは日本の組織であると同時に、共産圏のスパイでもあった。その意味では、彼らはソビエトのアセットと呼ばれる以上の存在であったと言える。

 

その結果として、彼らが電波装置に近づけた可能性がある。ただし、これはあくまでも可能性の話であって、実際のところは分からない。現在時点で言えることは、当時のソビエトは間違いなく電波装置を持っており、CIAも1970年代から電波工作ができる状態にあったということである。そして、彼らの日本のアセットもどこかの段階でその装置が使えるようになったはずであり、公安もどこかの段階でCIAからその機械を導入しているはずである。

 

いずれにせよ、公安は、少なくとも1980年代にはその機械を手に入れている。そして当初は、その装置は対左翼のみで使われていた可能性が高い。1980年代までは日本の左翼過激派はテロを頻繁に行っており、公安がテロを防ぐために一定の装備を持つことは理解できる。ただし、この機械は果たして合法的な装置なのかという問題と、実際にはどのような形でこの装置が使われたのかというところに問題がある。

 

そして、過激派の活動が減少すると、この装置は明らかにその必要性が低下する。あるいは、公安が左翼内部に多くのスパイを作った結果、彼らの活動が公安によってかなり制御できるようになっても、この電波操作はテロ対策としての必要性を低下させる。それ以上に、そもそも、過激派が弱体化すること自体が公安の必要性が低下させる要因になる。

 

公安が自らの組織維持を図るためには、どうしても敵が必要になる。それも彼らにとって好ましいのは制圧可能な敵である。制圧できなければ、逆の意味で公安の存在意義が問われるため、彼らにはどうしても制圧可能な敵が必要であった。

 

公安に飼い慣らされた左翼過激派はその使い勝手の良い敵であった。時々、意味のないロケット弾を撃ってくれれば、そこに過激派が存在することが分かり、公安はまだその必要性が示せる。つまり、公安は左翼過激派の活動の一部を制限し、一部の活動を放置し、自らの組織維持のために必要な敵として彼らを受け入れた。

 

ただし、左翼過激派も歳を取り、また、その活動に国民的な人気がないため、将来的にはじり貧である。公安は何とかして左翼過激派の組織維持を図り、制御できる敵として維持するか、あるいは別の敵が必要になった。その1つの方法は公安が工作活動を行って敵を作り上げることであり、それも含めて、公安が工作を行う方法は何通りかの方向性がある。

 

 

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