自分が実家に帰った後の工作の話をする前に、警察の話をまとめて記しておきたい。一言でいうと、日本の警察は狂っている。一部の狂っていた人たちは既に特定できているが、それが全てかどうかは分からず、また、それもあっていつからおかしくなったのかも分からない。

 

 ただし、警察のこの極端な組織犯罪は電波工作と絡み合っており、その能力が向上すると同時に、彼らの工作は日本を破壊するレベルにまで昇華している。この問題を日本はどのように扱うべきかは分からないが、狂っている人たちの一部はまだ警察の上層部に残っており、また狂っているOBの影響力がまだ警察に及んでいるのは更に問題である。

 

彼らは法的に処罰されるべきだと自分は思っているが、自分にはその権限もないので、この顛末がどうなるかは分からない。それは分からないものの、警察がどれくらい腐敗しているかの一部の話だけをまとめて記しておく。

 

その日は都内のタワーホテルに泊まっていた。東京に着いた最初の頃は、こんな状況は長く続かないだろうと思っていたため、高いホテルにも時々泊まっていた。安い施設に長期間逗留して、高いホテルに時々泊まるという生活を繰り返していた。

 

高めのホテルに泊まる時は、いつも付随のプールで泳いでいた。ホテルのプールは空いていることが多く、それもあって、そういうホテルを選んで泊まっていた。そういう所に泊まった時は、警察官僚がお付きを連れて自分を直接に見に来ていた。それ以外の場所に泊まった場合は普通の警官が監視を行っていたが、高いホテルのスポーツ施設を使っている時には、かなりランクの高い警察官僚が来ていた。

 

ほぼ誰もいない平日の昼間のプールに警察官僚がいればすぐに分かる。そもそも、そういう場合のプールは自分と警察関係者しかいないことがほとんどであった。そのようなあからさまな監視が続くとイライラするが、その日は監視以上のことがあった。

 

その日、ホテルのスポーツジムの脱衣場にいたのは当時の警察庁の次長だと思う。その時点では誰か分からなかったが、後から写真で確認したので本人だと思う。その人がお付きの警官と一緒にいたが、自分がプールから上がってくると、おもむろに「これは戦争です」と言い出した。

 

正確に言うと、その発言をしたのは警察庁次長ではなく、お付きの警官の方である。ただし、そこには3人しかおらず、それが自分に向けて言われた言葉であることは分かったが、何が戦争かは分からなかった。

 

当時の自分は何も戦っておらず、ただ拷問にひたすら耐え、訳の分からない警察と検察の捜査に耐え、社会的にいろいろなものから遮断される状況に耐え、日々起こる嫌がらせに耐えるだけであった。それの何が戦争なのかは分からなかったが、そこに戦争があるらしかった。そして、それは生きるか死ぬかの戦いを意味しているようであり、彼らにとって自分は死ぬ側にいるようだった。

 

自分の失敗は、その時点でそれが誰か確認しなかったことである。その時は、警察の捜査もすぐに終わると思っていたので、その発言に深い意味があるとは思っていなかった。また、それもあって、それが警察官僚であることは一目で分かったものの、誰か確認することを怠った。それが誰かその時点で分かっていれば、これら全ての工作がすぐに終わるものもではないと気づけたかもしれない。また、同時に、戦争であると言っている以上、彼らが集団として戦っていることに気づく必要があったのかもしれない。

 

 

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