2102年5月に東京を離れて実家へと帰った。それ以降は普通の人と会話をすることはなくなり、ほぼスパイとしか話をしていない。実際には、スパイに強要された人たち何人かとは話をしたが、それぞれにいろんな状況に置かれていた。一部の人たちは完全に怯えており、とても可哀想に感じた。

 

そこから、ほとんど人とは関わらない生活が始まったが、その実家に戻っている間は、親とは話をしていた。一方で、周りには常にスパイがおり、彼らとは会話にもならないコミュニケーションを行っていた。当時はまだ、電波操作があからさまになる前であり、自分もそのような工作が存在することを知らなかったが、彼らが電波で情報を抜いていたのは間違いない。ただし、電波でコミュニケーションするということはなく、基本的に物理的にスパイや警察と話をしていた。

 

実家に帰った理由は、東京にいると公安が暴れ回るために多くの人に迷惑が掛かるからと、警察が時間を掛けて調べればこのような馬鹿な状態が終わると思っていたからであった。その時点では、警察が永遠と捜査を続けているのはプライドの問題であって、いつかは無駄なことをしていると気付くだろうと思っていた。

 

特に、この時点では検察庁も特捜部もほぼ折れかけており、彼らが捜査を続けるという感じがしなかった。実際のところ、この後に東京地検の特捜部長が変わり、検事総長が変わることが決まり、その時点で検察は捜査を続けないだろうと思った。彼らが関わったことは明らかに違法であり、次の責任者がこの状態を続けられるとは思えなかった。と同時に、当時は厚労省のえん罪事件を抱えており、検察庁は綱紀粛正が求められる状態にあった。

 

残るは警察だけで、それも比較的速やかに終わると思っていたが、それは大きな間違いだった。東京で起こったことは序の口であって、状況はここから更に酷くなっていく。警察は捜査であるという建前を超え、次から次へと違法行為をエスカレートしていく。東京にいる時点でも馬脚を現しつつあったが、実家に帰ってからはそれがもっと激しくなる。

 

現実的にはこのように物事はエスカレートしていくが、警察はその時点で急に進化したのではない。本来的に公安は暗殺や工作を行っている組織であり、昔から自分はそのターゲットになっていた。この時点で彼らが違法行為を抑えていたのは、あまりにも自分に対する工作が目立ち過ぎたため、手を出せなくなっていただけである。

 

しかし、ある段階から犯罪を探すのは諦め、えん罪に落とすか、犯罪を作るかを繰り返し、そのためには自分を圧迫し続ける必要があった。東京にいる段階ではそのループの中に入っていた。ただし、本質的には公安は自分を抹殺したいだけであり、彼らの秘匿的な工作がうまく行かないならば、次の工作へと更にエスカレートさせて行く必要があった。この時点ではそんなことに気づいておらず、また、公安の背後にはCIAやその他の諜報機関や犯罪行為があることにも気付いていなかった。

 

 

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