東京に戻ってきてからは、拷問というよりも細かい嫌がらせからスタートした。最初は真上の部屋からのノイズであり、それがビープ音に変わり、少しずつ嫌がらせはエスカレートして行った。

 

最初の頃は偶々そういうことが起こっているという体を取っていたが、日が経つにつれ明らかな工作に移り変った。ただし、依然として激しい拷問はまだ始まっていなかった。もちろん、それもどう認識するかに依存しており、公安が行っていることが違法行為であるのは間違いなく、ただそれまでに自分が香港で受けていた拷問が激しかったために嫌がらせと捉えていた。また、最初の2週間ほどは中国人が目に見えるような形で周りにおり、それらの嫌がらせも、警察ではなく、中国の諜報機関が工作を行っているという体になっていた。

 

つまり、香港で起きた拷問の延長をやっているが、日本の警察は拷問に反対であるため、それを制限しているものの、中国との協力の中で完全には止められないという状況に見せ掛けた。そして、当初のうちは自分もそう認識していた。ただ、それがあまりにも長期間続くと、公安が全てを行っているのではないかと疑い出していた。公安が裏工作を行っていることはこの時点ではもう分かっており、自分が分かっていなかったのはどこまでの工作を行っているかだけであった。

 

そのうち、ノイズから嫌がらせへの電話へと変化することがあった。寝ている間にホテルの部屋に電話が掛かってきたが、これだけでも精神的には十分に苦痛を感じる。ただし、これは証拠になると思って、ホテルのフロントに行って、この電話がどこから掛けられたのか追究しようと考えた。

 

それが内線電話であることは分かったが、それを調べるのに時間が掛かると言われた。それを了解して、時間が経ってからもう一度フロントに行くと、内線の電話には間違いないが、どこの部屋から掛けられたかを特定するには何時間も掛かると言われた。

 

何時間掛かっても構わないので、どこの部屋から掛かってきたかを調べてくれと応じると、相手は明らかに困惑し、途方に暮れていた。そこに別のフロントの人が現れ、フロントが間違ってモーニングゴールを掛けたと主張し始めた。そこまでに何時間も掛かっており、今更そんな嘘が通用する状態ではなくなっていたが、それ以上追及する権限を自分はもっておらず、そこでは証拠を押さえられなかった。そのホテルに抑圧できる権力がこの行為を行っており、それは警察だと思うが、それ以上は分からなかった。

 

その他にもいろんなことがあり、プールで泳いでいると足を捕まれた日もあった。特別に危険ではないが、あまりにも気持ちが悪い。それでも偶然と言い張れば、それ以上に自分は何もできない。そのように、少しずつ嫌がらせのレベルは上昇していった。これらはガスライティングと呼ばれている手法と同じであるが、公安もその手法を利用して、対象者を追い込むことがある。そして、これらが行われている間もずっと尾行され、ずっと監視され、ホテルの部屋には様々なノイズが鳴り響き、常に睡眠に支障があった。

 

彼らの監視の種類にはいろいろあって、ゴールデンウィークの頃に国会の周りを歩いる時があり、そこはほぼ人がいないため、誰も近くには来られない状態になっていた。しかし、5-10センチくらいの物体が自分に変な近づき方をしていた。虫だと思ったが、時期的にはそんな大きな虫はいないので、小さなドローンだと思う。警察は単に盗聴や監視や尾行や嫌がらせをする以上に、いろいろな装備を使って工作活動を行っていることが少しずつ分かってきた。

 

とは言え、この時点では大きな違法行為に至るようなものはなく、ほぼ嫌がらせ程度であった。ここには何通りかの説明がある。警察の公式な説明は警察はこれまで拷問を行っていなかったので、その時点でもそのような能力はなかったというものである。そして、実際にそのように説明されたこともある。

 

しかし、実際には、公安はこれまでも拷問を行っており、暗殺も実施している。彼らが言い訳をする必要があったのは自分に対してではなく、その状況を見ている他の警察キャリアや政治家に向けてであった。自分に対する警察の監視は24時間マークでかなりの人員を動員しているため、そこには公安の裏工作部隊以外の人が多数関わっていた。そのため、あからさまな違法行為や過激な拷問や暗殺をやれば、過去の全ての問題が暴かれる可能性があり、彼らは大人しくする必要があった。

 

また、これらの工作は中国の諜報機関が行っていると見せ掛ける必要があった。それは警察がグッドコップの立場を維持するために必要であった。そのために公安は大胆な拷問がこの時点ではまだできなかった。

 

 

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