拷問は2011年末から始まり、2012年に入ってもその状況は変らなかったが、それでも、いつかの段階で自分に対する疑いは晴れると思っていた。結局、自分は何の犯罪もしておらず、いつの日にか普通に仕事ができる日が来ると思っていた。そういう思いもあって、ずっと香港に残って耐えていた。

 

実際に、拷問を受けている間の2012年前半も仕事関係の友達や知り合いと頻繁に会っていた。仕事に関してはポジションが空かない限り、アプライもできないので、それ自体は焦ることなく待っていた。人にずっと会っているとそのうちどこかに機会があるだろうと考えていた。

 

ただし、なるべく自分から行動するのは控えていた。と言うのも、結局のところ、自分は拷問されている状態にあり、誰かに連絡して会うとその誰かも拷問に遭う可能性があり、自分からはほぼ何もせず、誰かが香港に来る度に会っていた。拷問は依然として続いていたものの、過酷さはそれなりに減少し、あるいは自分がその過酷さに慣れて来ていた。

 

そんな生活を繰り返していると、そのうち、中国の諜報機関も公安も拷問や違法捜査を止める気がないことに気付き出した。実際に、誰かと会って話す度に自分を嵌めるような工作が常に背後に存在した。自分が誰かと話せば、そこで問題が見つかると彼らは思っていたのだろう。特に、日本の警察は必死でインサイダー取引を探していた。2012年2月まではそんなことはなかったが、3月に入ったあたりから、ほぼインサイダーだけが狙われているように感じた。

 

彼らがそれを狙っていたのは、そこには無数の金融取引があったからである。実際に違法な取引もインサイダー取引も存在しないが、あまりにも対象になる取引数が多いので、彼らは何とでも理由を見つけて捜査を継続できる。そもそも何ヶ月も掛けて、アメリカと日本と中国の司法が調べたにも拘わらず全く何も見つからず、なおかつ、自分はずっと拷問を受け続けているので、何か犯罪があるなら既に落ちている。

 

ともかく、彼らは休むことなく永遠と拷問を続けた。それは自分を落とすためだった。と同時に、彼らは犯罪捜査も永遠と続けた。それは、最早、犯罪事実を発見するためではなく、自分をえん罪に落とすためだけに捜査していたしか思えなかった。その捜査を続けるために自分を誰かに会わせて話させ、その結果として新しい捜査理由を作り、拷問を延長し続けた。

 

 何ヶ月も掛かったが、ようやくその背後関係に気付き、香港に残っていても何の未来もなく、拷問がただ続くということが分かった。そして、4月に日本に帰ることを決めた。日本の警察がえん罪を作るために捜査を行っているのは当時でも分かっていたが、拷問が継続されるのは中国の諜報機関が止めないからだと思っていた。つまり、日本に帰れば、この状況を変化させられると思った。そして、仕事ができるかどうかは別にして、日本では少なくとも普通の生活ができるようになると思った。

 

ただし、それは大きな間違いであった。

 

 

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