どこの国でもそうだが、諜報機関の活動の全てを政治家が監視していることはない。アメリカの政治家はCIAの暴走の全てを知らず、日本の政治家は公安の暴走の全てを知らない。アメリカには議会に諜報機関を監視する情報特別委員会が存在し、日本には警察を監督する国家公安委員会が存在するが、CIAや公安の違法活動がそれだけで制限されることはない。

 

それは中国においても変わらず、中国でも政治の範囲外が存在する。中国が大きいせいもあるが、中国の全てを中央の政治がコントロールしているのではない。政治の監視という意味において中国に特殊性があるとすれば、全ての政治家は基本的に公務員であり、同じく公務員である諜報機関の職員とは延長線上にある。一方で、日本やアメリカの政治家は選挙によって選ばれるため、行政の職員の延長線上ではない。

 

 つまり、中国の場合は政治の範囲がどこまでかが曖昧であり、政治の監視が何を意味するかには議論の余地があるものの、中央の政治が全てのコントロールを担っていないという意味においては日米と大きな差はない。

 

自分が理解している範囲では、自分に対する暗殺や拷問の問題が大きくなった時点で、自分が中国の領域内で暗殺される可能性が低下した。それは中共中央が気付いたからである。2012年以降に日本の公安やCIAに殺されそうになったことはあるが、中国の諜報機関は殺人だけは止めた。

 

それは中国の諜報機関活動の全てを中央の政治が把握しているわけではないことを意味している。また、中国の政治内部においてもいろいろな勢力が存在し、暗殺だけは避けるというのが彼ら内部の合意点だったんだと思う。まだ生きているという意味では中国の指導部にも感謝している。

 

自分に対して起きた事象が全体としてどんな問題だったのか自分でもまだ理解できていないところがあり、どのような背後関係が存在したのかもまだ分からない。ただし、中共中央が直接的に自分の殺害指令を出したという事実はなく、どちらかと言うと、殺さないようにしたというのが正確である。つまり、諜報機関の暴走を抑えようとしていた。

 

実際により問題だったのは、中国の諜報機関と公安とCIAとその共同オペレーションであり、彼らにこそ共同責任がある。結局、全ての暗殺や拷問は中国の問題でもあるが、それよりも諜報機関の問題の側面が大きい。この共同オペレーションにはそれ以外の国諜報機関も関わっていたが、誰がどのように考えていたかは最早分からない。

 

アラブの国もイスラエルも自分に対しては他の諜報機関より好意的であったが、それはそれで彼らの理念や利害で構成されており、その全てを自分が理解できているわけではない。少なくとも、自分が香港で経験したことの大部分は中国・アメリカ・日本の諜報機関の暴走であったのは間違いない。

 

ただ、依然として不思議なのは、公安やCIAが自分を追い込む以外に選択肢が取れなかったのに対して、どうして中国の諜報機関が同じように暴走したかである。彼らが暴走する理由は別にあったとしても、自分に対して極端に拷問する必要はなかったはずである。ここに自分の知らない深い闇があるのかもしれない。

 

 

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